| この素晴らしい世界に祝福を! 13 リッチーへの挑戦状【電子特別版】 (角川スニーカー文庫) | |
| 暁 なつめ | |
| KADOKAWA / 角川書店 (2017) |
この素晴らしい世界に祝福を!13
リッチーへの挑戦状
【電子特別版】
暁 なつめ
角川スニーカー文庫
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信すること、あるいはウェブサイトへの転載等を禁止します。また、本作品の内容を無断で改変、改ざん等を行うことも禁止します。
本作品購入時にご承諾いただいた規約により、有償・無償にかかわらず本作品を第三者に譲渡することはできません。
本作品を示すサムネイルなどのイメージ画像は、再ダウンロード時に予告なく変更される場合があります。
本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容にもとづきます。
本作品は縦書きでレイアウトされています。
また、ご覧になるリーディングシステムにより、表示の差が認められることがあります。
アクセルの街の路地裏にひっそりと佇む魔道具店に、いつも通りの罵声が響いた。
「仕入れる物が皆ゴミになるという、世にも珍しいスキルを持つレア店主よ。我輩の前にある、このガラクタの説明を聞こうか」
「レア店主だなんてそんな......。バニルさん、そんなに褒めてもこの商品を仕入れるのはやめませんよ?」
「褒めておらぬわポンコツ店主め! いいから利点を述べてみよ!」
激昂するバニルに怯えながらもウィズがぬいぐるみを差し出した。
「今回仕入れた商品はぬいぐるみです! 当然ただ可愛いだけのぬいぐるみではないですよ? なんと、持ち主として登録すると、自動で持ち主の後を付いてきてくれる優れものです! これをお子様に持たせておくだけで、この世から迷子を無くせますよ!」
「なるほど。それで、デメリットは一体なんなのだ?」
「はいっ! 迷子じゃない時でも常にどこでも付いて回るので、夜中トイレに行ったお子さんが泣く事ぐらいでしょうか!」
それを聞いたバニルが、無言で仕入れの紙にバツを付ける。
「バニルさん、世の迷子のお子さんを助けたくはないんですか!?」
「世の迷子以外のガキどもを、汝はそんなに泣かせたいのか!?」
魔道具店のドアを開けた俺達の前で、そんないつも通りの光景が繰り広げられていた。
バニルに叱られしょぼくれるウィズが、俺達に気付き、いらっしゃいませと笑顔を見せる。
そんなウィズの目の前に、小さな花が差し出された。
花を差し出しているのはシルフィーナ。
つい先日、この街の冒険者をはじめ、様々な人達に助けられた貴族の少女だ。
「お姉さん、こないだは助けてくれて、ありがとうございました......!」
はにかむ少女の笑顔を見て、ウィズは目線を相手に合わせ。
「ここはウィズ魔道具店。お客様の助けになる物を、なんでも用意して待ってます。また具合が悪くなったり、何か困った事が起きたなら......。いつでもいらしてくださいね」
そう言って、少女に優しい笑みを浮かべた。
1
冒険者ギルド内に、野太い声が響いた。
「ママーっ!」
「貴族がここまで舐められ、バカにされてたまるか! もういい、貴様らそこになおれ! 全員ぶっ殺してやるっ!」
顔を真っ赤にしたダクネスが、大声でママと叫んでいた男性冒険者に殴り掛かる。
その拳を難なく躱した男が、なおも懲りずに言い放った。
「ママー! なんで怒るの? お腹空いたよママーっ! おっぱいちょうだいぐえっ!」
だがその男は、からかいながら逃げようとしたところでダクネスに襟首を摑まれ、絞められた鶏みたいな声を出す。
怒りのあまりこめかみに血管が浮き出ていたダクネスが、冒険者をようやく捕まえた事で喜色を浮かべる。
と、その時だった。
「ちょっとダクネス、宴会の席で暴れるのはマナー違反よ? 見なさいな、この楽しそうな皆の顔を。ちゃんと空気を読まなきゃダメよ?」
落ち着いた様子のアクアの言葉に、自らをママ呼ばわりしてからかっていた冒険者を放したダクネスが膝を突く。
「こ、この私が、まさかアクアに空気を読めと言われるなんて......」
酷くショックを受けているダクネスに、一人の女冒険者がニヤニヤしながら近付くと、
「ママー! あたしも薬の材料集めに協力したんだから、おっぱい......痛たたたたたたた!」
ダクネスをからかおうとしたところを、胸をわし摑みされ悲鳴を上げた。
「おっぱいならここに自前のがあるではないか! 私の自慢の力で搾ってやろう!」
「やめて、ララティーナちゃんやめてえ! おっぱいちぎれるー!」
──ダクネスの娘......ではなく、いとこであるシルフィーナが病に倒れ、その薬の材料集めに奔走したのがこないだの事だ。
薬の効果は劇的で、あっという間に俺達と共にピクニックに行けるまでに回復し、今ではダクネスの実家から毎日学校に通えるほどに良くなっている。
そんなシルフィーナが、冒険者のみんなにお礼を言いたいと言い出した。
ダクネスに連れられて、冒険者ギルドにやってきたシルフィーナの姿を見た冒険者の一人が、めでてえと叫んでジョッキを呷ったのが、この騒ぎのきっかけだった。
「ここには子供だっているのに、みんなしておっぱいおっぱいうるさいわよ! ウチのめぐみんの機嫌が悪くなるからおっぱいの話題はそれぐらいにしときなさいな!」
「アクアが一番連呼してますよ! 大体私は機嫌を悪くなんてしていませんから、胸にコンプレックスを抱えてるみたいな言い方はやめてください!」
あっという間に宴会場と化したギルド内のあちこちで少女の回復を祝う声とジョッキを打ち鳴らす音が聞こえてくる。
その中心には、もちろん......。
「み、皆さん、どうもありがとうございます。おかげで元気になりました......」
恥ずかしそうに顔を赤らめ消え入りそうな小さな声で、シルフィーナが笑みを浮かべた。
シルフィーナの感謝の言葉を聞いた冒険者達から本日何度目かの歓声が上がる。
「さあ、ダクネスの奢りなんだからじゃんじゃん飲むわよ! 今日はとっても気分が良いから、とっておきの必殺芸を披露してあげるわ!」
「う、うう......。ここ最近、冒険者ギルドに来る度にからかわれまくっている気しかしないのだが、一体どうしてこんな事に......」
なおも酔っ払い達にからまれて、おっぱいおっぱいと叫ばれ続けるダクネス。
俺は、恥ずかしそうに俯くダクネスを庇う様に前に立ち......!
「おいお前ら、いい加減にしろ!」
「カ、カズマ......」
俺の放った一喝に、ギルド内がシンと静まり返る。
ダクネスの期待の視線を背中に受けて、これだけはハッキリさせておこうと声を張り上げ宣言した。
「このおっぱいは俺のもんだ!」
「死んでしまえ!」
俺がダクネスに首を絞められる中。
健康そうな顔色のシルフィーナが、楽しそうにはにかんだ。
2
──俺の名は佐藤和真。
ここ最近というもの、平穏な日々が続いている。
思えば、ファンタジー世界での冒険に憧れてこの世界に来てみたものの、今まで冒険者らしいクエストなど請けられなかった。
だがこないだは、病気の女の子を救うためというまさしく王道的なクエストを終えられた。
多くの強敵と戦い続け、最後に病気の女の子を救い、仲間達と共に幸せに暮らすというハッピーエンド。
元引き篭もりの冒険の幕は、この辺りで下ろされてもいい......。
そう。ここから先は、強力な力を貰った本物の勇者達の出番だ。
俺はファンタジー世界の主役じゃない。
世界が平和になる事を祈りながら穏やかに生きていこう。
そして......。
「それじゃ、ここにハンコかサインをお願いします。はい、どうもー! これからも様々な高級食材を仕入れときますんで、またごひいきに! ありあとやしたー!」
「ああ、ご苦労様! また頼むよ!」
ブルジョアで優雅で、退廃的な暮らしをしようと思う。
「......なあカズマ。一体何を頼んだんだ?」
「これか? ふふん、聞いて驚けよ? これはな、あの有名なドラゴン肉だ!」
その日。
高級食材を取り扱うという行商人から仕入れた俺は、玄関先でソレを掲げながら、不思議そうに尋ねてきたダクネスにドヤ顔を見せた。
「ドラゴン肉だと!? お前、またそんな高い物を......!」
その名の通り、最強のモンスター、ドラゴン種の肉で、食べればステータスが上がるとも言われる超高級食材である。
「うるさいぞ貧乏貴族め、お前は経済というものを分かってない!」
「ええっ!?」
いきなり俺に指を突き付けられたダクネスが驚きの声を上げる。
「いいかダクネス。俺みたいに簡単に稼げる金持ちは、変に貯め込まずじゃんじゃんお金を使っていかないといけないんだ。一部の金持ちが資産を貯め込む事で経済が停滞するんだぞ。言ってみれば俺の行いは褒められるべき事なんだ」
俺の知識は間違いない。
なんかそんなんをテレビで見たのだ。
「そ、そうなのか? 私は質実剛健であれと教わったから、あまり贅沢はしないようにしていたのだが......」
不安気な表情のダクネスに、俺はチッチと指を振り。
「バカだな、貴族の華やかなパーティーにもちゃんと理由があるんだぞ。金持ちの貴族が散財すればその街の庶民にお金が回る。庶民にお金が回ってくれば、それを目当てに商人が集まる。街に商人が集まれば生活が便利で豊かになり、住みやすいという噂を聞きつけ新たな開拓者が集まる。そうして人口が増えれば貴族の懐に入る税金も増える」
「な......っ! な、なるほど!」
俺の言葉にダクネスが感動の声を上げる。
自分がブルジョアの側に回ったから適当にそれっぽい事言ってるだけなんだが、貴族令嬢のくせにこんなに人を信じやすくて大丈夫なのか。
「だから、俺はこうして贅沢してるのさ。しかもドラゴン肉には食べるとステータスを上げる効果があると聞く。最近は高級食材を食べてレベルを上げてもなぜかステータスが伸びなくてな。魔王軍との戦いに備え、貯め込んだお金で更なるパワーアップをしてるんだ」
「カ、カズマ......! お前がそこまで考えていたとは......。そういう事なら、私も実家から財を持ち出しドラゴン肉を買って送ってやろう!」
コイツ、人のいう事を素直に聞きすぎだろう。
ど素人の俺の意見を鵜吞みにされても困るんだが。
「ま、まあその辺はほどほどにな。あとアレだ、ドラゴン肉ばっかも飽きるし、毎日じゃなくてもいいよ? 高級食材と聞いて、ちょっと味見してみよう的な、そんなお軽いノリで買ってきただけで......」
「まさか、硬くて臭いと言われるドラゴン肉を食べてまで強さを求めるとは、お前の事を誤解していた様だ。私はドラゴン肉など不味くてとても食べられないが......。大丈夫だ、冒険者の力の底上げになるのだから、お父様もきっと理解してくれるはず......!」
えっ。
「なあ、ドラゴン肉って硬くて臭いの? 高級食材ってんだから美味いんじゃないの?」
「ドラゴンは最強のモンスターだぞ? 筋肉に覆われた体に脂肪などほとんどないし、肉食獣の肉は臭い。食べるとステータスが上がるから高いだけだ」
ええ......。
「なあめぐみん。お前は高級食材に興味......」
「紅魔族である事に誇りを持つ私が、今さらドラゴンごときの力を欲するとでも? その力はカズマが独り占めしてくれていいですよ」
絨毯に寝そべるちょむすけの背中をカリカリと搔いてやりながら、めぐみんが先手を打ってくる。
「......アクア、一緒にグルメ巡りをしたお前なら......」
「私は超高いステータスをこれ以上上げても意味はないから、ドラゴン肉はパスね。弱っちいあんたが一人で食べなさい」
ソファーにうつ伏せになって足を行儀悪くパタパタさせていたアクアが、そんな非情な事を言ってきた。
「ふざけんなよ、お前も一緒に食うんだよ! 足りない頭をドラゴン肉で補えよ!」
「誰の頭が足りないのよ無礼者! 賢い私にはそんな物必要ないわ。ほら、コレを見なさいな。足りない子に果たしてこんな物が作れるかしら?」
先ほどから鼻歌交じりに何かを作っていたアクアは、ドヤ顔でソレを見せ付けてきた。
「粘土フィギュア第二弾、爆裂特攻小めぐみんよ。なかなかの自信作だし、きっとコレも高値で売れるわね」
「待ってくださいアクア、さっきから何かをこね回してると思ったらそんな物を作っていたのですか! 細部にこだわり過ぎですよ、スカートの中が大変な事になってるじゃないですか!」
アクアが見せ付けてきたのは、地球産のフィギュアも顔負けの、十二分の一スケールぐらいのめぐみん人形。
コイツは朝から庭の粘土を集めてこね回していたのだが、何をどうしたらそんな物でここまで再現できるのか、ワンピースを着用しためぐみんフィギュアのスカート部分をめくれば、しっかりとパンツまで穿いていた。
「だってしょうがないじゃない、お小遣いが足りないのよ。ヘンテコ悪魔が売れそうな物持ってきたら買ってやるって言ってたから、アクセルの冒険者フィギュアを売り出す事にしたの」
「なら自分のを作ればいいじゃないですか! あっ、ちょっと待ってください、これパンツまで脱げる様になってますが、まさか......!」
............。
「なあ、それ俺にも売ってくんない?」
「お安くしとくわ」
「二人とも張り倒しますよ! アクア、それをこっちに渡してください! 大体お小遣いならカズマに貰っているでしょう! いつも一体何に使っているのですか!」
めぐみんに人形を取り上げられそうになり、アクアが激しい抵抗を見せる。
そんなアクアにダクネスが、何かを確かめる様に不安気な声で。
「なあアクア、ちょっと気になったのだが......。さっき、粘土フィギュア第二弾と言わなかったか? となると、第一弾は......」
「粘土フィギュア第一弾はスケスケ令嬢エロティーナね。最近ダクネスがよく着けてるえっちいネグリジェの再現が大変だったわ。その分高値で買ってくれたけどね」
アクアが最後まで言う前にダクネスが家を飛び出した。
そのスケスケ令嬢も後で特別に作ってもらおう。
──と、その時だった。
ダクネスが飛び出して行ったはずの玄関のドアが、軽いノック音と共にそっと開けられる。
何か忘れ物でもしたのかとそちらを見れば、
「あの、めぐみんいますか......?」
籠一杯の果物の詰め合わせを手にしたゆんゆんがオドオドと、いつになく挙動不審に立っていた──
「──粗茶ですけど」
「あ、ありがとうございます!」
ソファーにゆんゆんを腰掛けさせると、アクアがかいがいしくお茶を淹れてきた。
友人の家に訪ねてくるのは何度遊びにきても新鮮なのか、ゆんゆんは落ち着きなくソワソワしている。
「あのこれ、つまらない物ですが......」
と、お返しとばかりにゆんゆんが、持参した果物を差し出してきた。
「......手土産持参とはなかなかの心がけですが、今日は一体どうしたのですか?」
それを受け取っためぐみんが品定めしながら尋ねると、ゆんゆんは一通の手紙を取り出し。
「これ、紅魔の里からの手紙なんだけど......」
ゆんゆんから渡された手紙を広げるめぐみんを、両隣から俺とアクアが挟み込む。
と、ゆんゆんがアクアに淹れてもらったお茶のカップを両手で包み、何やら悩ましい表情で固まっていた。
チラッとカップを見てみれば、中身が案の定お湯になっている。
アクアにはいつか、きちんとしたお茶の淹れ方を教え込んだ方がいいかもしれない。
無言で手紙を読み進めるめぐみんの代わりに、俺は中身を読みあげた。
「どれどれ。『我が偉大なる輩達よ。来るべき時が来た。今こそは、各々が研ぎ澄まし、鍛え上げて来た牙を振るう時。ついては我と思わん者、この手紙が届いてから一月の間に紅魔の里へ──』」
わけのわからない言い回しが多い手紙の内容を要約すると、紅魔族の次の族長を決める試練を行うから、次の族長をやりたい人は里においでと書いてある。
それに目を通しためぐみんが拳を握り、ふんと鼻息を吐き出した。
「なるほど。これを持ってきたという事は、この私も次期族長候補の一人に選ばれたのですね? いいでしょう、旅立ちの準備をしますよゆんゆん! 我こそが紅魔族一に相応しい事を証明してみせましょう!」
「ええ!? 紅魔族族長の試練を受けたいのなら、最低限、上級魔法とテレポートの二つは使えないとダメよ? それに、旅立ちの準備も何も、私ならテレポートで一瞬だし」
ゆんゆんがきっぱり告げると、握り締めた拳を解き。
「......ではなぜこの手紙を持ってきたのですか?」
「一応見せとかないと、どうせめぐみんの事だから後で難癖付けてくるでしょう? あなたは私のライバルなんだから......痛っ! ちょ、ちょっとやめてよね、自分が試練を受ける資格がないからって当たらないでよ!」
ギリギリとゆんゆんの肩を握り八つ当たりを始めためぐみんは、平静を装いながらこちらを向く。
「カズマ、この子の用事は済んだみたいです。そろそろ夕食の準備を始めましょうか」
「おっ、そうだな。おいゆんゆん、今日はもう遅いしどうせなら晩飯食ってけよ。お土産までもらったんだしな」
それを聞いたゆんゆんは、パアッと表情を輝かせ。
「い、いいんですか!? でも夕飯一緒に食べるとかもうそれって家族みたいなもんだしなんだか悪い気がするっていうかこんな時間帯に来ちゃった私がそもそも悪いよねカズマさんごめんなさい、でも友達の家にいきなり訪ねて来たのにご飯まで頂いちゃうなんて本当にいいのかなってあっでも嫌とかそんなんじゃなくもちろん凄く嬉しくて」
「うるさいですよ、たかがご飯食べるぐらいで何をそんなに興奮しているんですか!」
めっちゃ早口でソワソワしだしたゆんゆんがめぐみんに叱られる中、俺は台所に向かっていった。
3
あの後、あんまり美味しくないドラゴン肉を食わされたゆんゆんに、アクアがお茶と称してただのお湯を淹れた事も相まって、いきなり家に遊びに来た事をうざがられているんだと勘違いされて泣かれた、その翌日。
俺はアクアとめぐみんを連れ、ウィズ魔道具店へとやってきていた。
「ウィズ、バニル、いるかー? ちょっと用事があって遊びに......」
言いながら魔道具店のドアを開けると、やかましい声が響いてくる。
「なぜだ、なぜ我輩のいう事を聞かぬのだ! 我輩は見通す悪魔! 助言を真摯に受け止め、指示の通りに動いてくれれば赤字になどならぬのだ! 夏の夜、光に集まる羽虫のごとくガラクタにばかり惹かれおって!」
「バニルさんのいう事だけを聞いているのなら、それってバニルさんが店主みたいなものじゃないですか! 私はバニルさんと一緒にこのお店を盛り上げていきたいんです! ほら、私達は不死なんですから時間はいくらでもありますよ!? 今日仕入れたこれだって、ガラクタなんかじゃありませんから!」
店内では、バニルとウィズが何事かを言い争っていた。
「朝っぱらからどうしたんだ? またウィズが変な物でも仕入れたのか?」
「おお、これはこれは成金小僧よ、今日は素晴らしい物があるぞ! こ、こらっ、そのガラクタを放さぬか!」
俺の姿を見るなり胡散臭い営業を始めるバニル。
それを聞いたウィズが、足下に置かれた大きな箱を庇う様に覆いかぶさった。
「先に言っとくけどいらないからな。それより、ダクネスはまだ来てないみたいだな。今日はシルフィーナを助けてもらうのに協力してくれた礼を言いに、あの子を連れてここに来るって言ってたんだけど」
「あのガラクタを買い取ってくれる事こそ我輩にとっての最大の礼なのだが。しかしさすがは貴族令嬢、昨夜は泣きながら自らのスケスケ令嬢フィギュアを仕入れ値の倍額で回収に来たものだが律儀な事だ。それより最近仲間と良い感じになっておる小僧よ。貴様には本当に良い商品があるぞ、お一つどうだ?」
アクアとめぐみんがウィズが守ろうとする箱に興味を示す中、バニルがそっと耳打ちしながら小瓶を手渡してきた。
「胡散臭い物なら買わないからな。......ちなみに、これってなんだ?」
「避妊薬である。ちなみにお値段一万エリスだ」
........................。
「はい」
俺は皆に見られぬ様に、そっと金を手渡した。
「お買い上げありがとうございます! 男性が一口飲めば一週間ほど効果があるぞ。汝偉大なるお得意様よ、他にも強力な精力剤や、匂いを嗅ぐだけでなんとなく良い雰囲気になりやすい芳香剤などもお取り寄せ出来ますが......」
「買います。全部買います」
「ありがとうございます!!」
迷う事なく即答すると、めぐみんがこちらにやってくる。
「随分とホクホクしてますが、一体何を買ったのですか?」
「仲間を労わるためのエチケットアイテムを買ったのさ。お前らは大切な仲間だからな。万が一の事が起こって慌てふためくのはよろしくない」
真剣な表情でそう告げると、めぐみんはふっとはにかみ。
「先日はシルフィーナを助けたと思えばあなたという人は......。カズマはいつだって、そうやって仲間を気遣ってくれるのですね」
「あっ、はい」
純粋な視線を向けられた俺は、生返事と共に小瓶を大切にしまい込んだ。
これはあくまで万が一に備えてであり、やましい気持ちなど何もない。
それに俺は間違った事は言っていないはずだ。
──と、その時だった。
店のドアがバンと勢いよく開けられ、何かが店に飛び込んで来る。
ダクネスが来たのかと一瞬思うも、あいつならこんな登場の仕方はしないだろう。
俺がそちらを振り向くと、
「バニル様、助けてください!」
飛び込んできた黒い何かが叫びを上げた、その瞬間。
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』──!」
「ピャアアアアアアアー!」
店に飛び込んで来たペンギンみたいな着ぐるみが、アクアの魔法を受けて浄化された。
「ちょっと、なにこれ着ぐるみだわ! ねえカズマ、悪魔の臭いが染み付いたペンペンよ! 臭いクセに可愛らしいとこが憎たらしいわね!」
どこかで見た覚えのある着ぐるみが、店の床にパサリと落ちる。
軽そうなその音に、中身は無くなってしまったのだと知れた。
「お、お前、容赦ないな......。コイツあれだ、シルフィーナの薬の材料集めに爪をもらいに行った、なんたら公とかいう悪魔だよ。......もう死んじゃったみたいだけど」
「なるほど、ダクネスをいじめてくれた悪魔ね。嫌な予感がしたからなんとなく魔法を撃ってみたんだけど、ならちょうど良かったわ。カズマ達から話を聞いて、その内ぶっ飛ばしに行こうと思ってたもの」
「ズルいですよアクア、私だってダクネスの仇討ちをしたかったのですが......!」
そんな俺達のやり取りをよそに、バニルがため息を吐きながらツカツカと着ぐるみの傍に立つ。
そして着ぐるみの背中のチャックを少し開け、中に向かって何かを囁く。
すると中身が無くなっていたはずの着ぐるみが、もこもこと大きくなり──
「ハッ!?」
バニルがチャックを閉めてやると、着ぐるみがガバッと跳ね起きた。
「『セイクリッド・ハイネス......』」
「おいやめてやれ、また中身が無くなるだろ。ほら、めっちゃ怖がってるじゃないか」
それを見て再び魔法を唱え始めたアクアに怯え、着ぐるみは店の商品棚の陰に隠れガタガタと震え出す。
「バババ、バニル様、この凶暴な青髪女は、よもや、まさか......!」
「うむ、汝の予想通りの我らが宿敵である。汝は店に入ると同時、残機を全て消し飛ばされたのだ。我が前で消失したばかりだったゆえなんとか残機を分けてやれたが、今後、我輩がいないところでコレに遭遇したら終わりだと思え」
それを聞いた着ぐるみがますます激しく震え出す。
そんな着ぐるみに向けて、アクアが威嚇する様にシュッシュとシャドウボクシングをしていた。
「あ、あの......。どちら様かは存じませんが、バニルさんのお知り合いの方ですか? 今皆さんにお茶をお出ししますね」
「あ、ああ、私は飲み食いの必要はないので、どうかお構いなく......」
箱に張り付いていたウィズが、マイペースに着ぐるみに対応する。
ウィズにかいがいしくお茶を淹れられ俺とめぐみんがくつろぐ中、バニルが不思議そうに首を傾げた。
「それで、今日は一体どうしたのだゼーレシルト? というか、仮にも高位悪魔である汝がまさか一撃で葬られるとは思わなかったぞ。今まで貯めた残機はどうしたのだ」
「そ、それが......。実は今、大変な事になっておりまして......」
目が合う度に魔法を放つポーズを取って威嚇するアクアに、その度にビクッと怯える着ぐるみは。
「我が城に、女神エリスが毎日の様に襲撃に来ては残機を削っていくのです」
俺は紅茶を噴出した。
悪魔には容赦がないとは聞いていたが、あの女神様は一体何をやっているのだろう。
女神ってのは暇なのだろうか。
いや、親友のダクネスが目の前で痛めつけられた事へのお礼参りか?
前回城に盗みに入って着ぐるみにトドメを刺さなかったのは、見逃したのではなく、単にダクネスの治療と薬を届ける事を最優先しただけだったらしい。
「ねえカズマ、エリスに追われるペンペンがちょっとだけ憐れに思えてきたわ。まあ、容赦はしないんですけど」
「いや、もう見逃してやれよ。こいつこれでも一応この国の貴族らしいし、それなりに善政を敷いてるそうだからさあ......」
それにダクネスが痛い目に遭わされたとはいえ、元はといえば俺達の都合で生爪欲しさにコイツを襲撃した際の反撃を受けたのであって、別に悪さをしていたわけでもない。
むしろ、最初は交渉に応じてくれたコイツの条件を、俺達が達成出来なかったために爪が手に入らず、その結果強硬手段として夜中に襲撃したわけで。
......あれえ?
いくら相手が悪魔とはいえ、ひょっとしなくても俺達の方が極悪人なんじゃないだろうか。
と、アクアとコソコソやっている俺に着ぐるみが気付いた様だ。
「あの時、ダスティネス卿と一緒にいた少年じゃないか。キミの仲間にもっと言ってやっていただきたい。私は恥辱や屈辱、劣等感が好きなだけの、いたって善良な悪魔だ。それに、キミはどうしたわけだか女神エリスの知り合いの様だ。どうか取り成してはくれないか......」
「そう言われてもなあ。俺もあの人がいつもどこにいるのか知らないんだよ」
一応確実に会える方法があるにはあるが、それをやると俺の残機が減る事になる。
いや、俺に残機なんてもんはないのだが。
「そうかあ......。あの城は気に入っていたのだが、諦めるしかないかあ......」
店の床にペタンと座り、肩を落としながら背中に哀愁漂わせる着ぐるみに、なんだか同情を覚えてしまう。
「それで、汝はこれからどうするつもりなのだ。この街に住むつもりならオススメせんぞ? 悪魔族を目の敵にするそこの狂犬が縄張りを主張しているからな」
「この街にはサキュバスの店があると聞き、ボーイ兼用心棒として雇ってもらおうとやって来たのです。特殊なプレイを希望する客が現れたら、サキュバスに同伴すれば、私の好物である恥辱や屈辱の悪感情が得られるではないですか。良い潜伏先だと思ったのですが、ダメでしょうか......」
「街であんたを見かけたら即座に浄化するからね」
アクアの釘刺しに怯える着ぐるみ。
そんな着ぐるみを、アクアとめぐみんは何を思ったのか左右から挟み込み、興味深げに観察しだした。
「アクア、背中にチャックがありますよ? この中を覗いてみたいです」
「そうね、愛らしい姿に騙されちゃいけないものね。あっ、何よこの手は! あんた中身を見せなさいよ、さもないと浄化するわよ!」
「やめたまえ! やめたまえ!!」
チャックを下げられまいと必死の抵抗をみせる着ぐるみとアクア達が揉み合っていると、店のドアがノックされる。
それから一拍おいて、涼やかな鈴の音と共に店のドアが開けられた。
「邪魔するぞ、ウィズ、バニル。そこにいるカズマから聞いていると思うのだが、今日はこの子を助けてくれた礼を......えっ?」
現れたのはダクネスだった。
その隣では、シルフィーナが甘える様にダクネスの腰にしがみついている。
「これはこれは、誰かと思えば先日私の城に侵入し、散々暴れてくれたダスティネス卿ではないか。フフフ、まさかこんなところで再びまみえるとは......」
その姿を見て驚くダクネスの方に、不敵に笑いながらぺたぺたと歩いていこうとした着ぐるみが、
「......プーッ」
「ピャアアアアアアアア!」
背を向けた隙にアクアにチャックをちょっと開けられ、中にプーと息を吹き込まれた。
悪魔は女神の吐息でもダメージを負うのか、着ぐるみが悲鳴を上げて転げ回る。
「な、なぜゼーレシルト伯がこんなところに......」
事情が分からず困惑の表情を浮かべるダクネスの前で、転げ回る着ぐるみを見たシルフィーナが、小さく、わあ......と呟き目を輝かせた。
「なあ、悪い事は言わないから、お前もう帰ったらどうだ?」
「そうは言ってもだな少年、夜逃げする形で城を出て来たもので、金も無ければ居場所もないのだ......」
着ぐるみがかわいそうに思え俺が起こしてやると、泣きそうな声で言ってくる。
こいつは本当に、前回ラスボスみたいな立ち位置にいた悪魔と同一人物なのだろうか。
と、その時、俺の服の袖がくいくいと引っ張られ。
「少年、ダスティネス卿と共にいるあの子が例の病に侵されたという?」
そう言って、着ぐるみは可愛らしく小首を傾げた。
「そうだよ、あの子はシルフィーナって言って、ダクネスの娘だ」
「おいカズマ! またそうやって娘などと......、い、いや、娘だ。だからそんな顔をしないでくれシルフィーナ......」
悲しそうな顔で自分を見上げるシルフィーナにダクネスが言葉を詰まらせる中、それを聞いた着ぐるみは、忙しなくパタパタと手羽先を動かす。
「おお、元気になった様で何よりだ! ダスティネス卿、そう警戒しないでくれ。悪魔である私としてはクルセイダーである貴方に攻撃されるのも仕方がないと割り切っている。襲撃を受けた事に関しては気にしてないよ」
「よく分からないが、そう言ってくれるのなら......。しかし、領地を放り出してどうしてこんな所に?」
──不思議そうなダクネスに、俺は事情を説明した。
「......なあカズマ、お前は死んだ際にはエリス様にお会いするのだろう? エリス様はひょっとして暇なのか?」
「お前までそんな事言ってると罰当たるぞ。いやまあ、暇っていうよりもお前の仇討ちみたいな事をしたんじゃないかな」
半分は悪魔狩り的な趣味なんだろうけど。
「そ、そうなのか? エリス様はなぜ私に、そんなにも目を掛けてくださるのだろう? ......とはいえ、それはゼーレシルト伯に申し訳ない事をしてしまったな。あなたは悪魔とはいえ、別段悪い事などはしない方なのに......」
ダクネスに詫びを入れられた着ぐるみはといえば、シルフィーナに抱き付かれていた。
「いやなに、領地経営も楽しいが、そろそろ新しい事をやりたいからね。しかしそう思ってくれるのなら、ダスティネス卿が後ろ盾になって私をこの街に住まわせてくれると有り難いのだが」
「あんた、ちょっとダクネスの子供を助けたからって調子に乗らない事ね。なんかその子に懐かれてるみたいだから目の前で浄化するのはやめておくけど、人気のないとこでバッタリ出会ったら身の保障はしないからね?」
どっちが悪魔なのか分からないセリフを吐きながら釘を刺すアクアに怯え、シルフィーナにしがみつかれながら俺の背中に隠れる着ぐるみ。
先ほどからいちいち仕草が可愛らしいのだが、こいつの中身を知ってる身としては正直すり寄られるとおっかない。
と、その時。
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
それは久しぶりに聞く緊急クエストのアナウンス。
俺達は思わずといった形で顔を見合わせ。
「一応言っとくけど俺は何もしてないからな?」
「ねえカズマ、なんで一々私を見るの? 私にだって心当たりはないんですけど」
「それを言うなら私だって心当たりはありませんよ、爆裂魔法の使用場所や用法、用量はきちんと守っていますからね」
......となると。
「おい、こっちを見るな! 私は最も揉め事とは無縁なはずだ! こないだの税金騒動にしたってギルド職員からの相談を受けただけであって......!」
慌てるダクネスに俺達の視線が集まる中、ギルドのお姉さんのアナウンスは、どこか喜色を含んだ声で。
『繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!........................冒険者の皆さんっ!!』
アナウンスはそこで大きく息を吸うと。
『宝島です!!』
アナウンスのその声に、バニルとウィズが店から飛び出し脇目もふらずに駆け出した。
いや、いつの間にかアクアまでもが二人の隣を並走している。
「おい、どういう事だよ、説明......って早っ!!」
飛び出して行った三人を追って店を出ると、すでにその後ろ姿は小さくなっていた。
「なあ、あいつら一体どうしたんだ!? バニルやアクアはともかく、ウィズまで目の色変えて飛び出してったぞ!?」
「何を言っているのですかカズマ、宝島です! 文字通りのお宝ですよ! 私達もノンビリしてないで行きますよ!」
自分の方こそ文字通り目の色を紅く変えためぐみんが、慌てて店から飛び出して行く。
「わ、私はシルフィーナの事があるからここに残るが......」
そういうダクネスと、店番をすると言い出した着ぐるみを置いて、俺は皆を追って店を出る。
と、冒険者ギルドへと向かう途中、大急ぎで走っている冒険者達ともすれ違った。
彼らの殆どは、頭にヘルメットや兜をかぶり、背中に大きなリュックを担いで、手にはツルハシを持っている。
ギルドに向かっていると、俺より先に飛び出して行ったアクア達に出くわした。
冒険者ギルドが貸し出しているのか、その手には、ツルハシを持っている。
「カズマ! あんたの分も借りてきたわよ! ほら、私達も街の外に行くわよ、急いで急いで!」
言いながら、アクアが俺にリュックとツルハシ、ヘルメットを渡してきた。
どうやら街の外に何かがあるらしい。
「おい、いい加減どういう事か説明してくれよ! 宝島って何だよ? 名前の感じとお前等の反応から、随分と割の良いクエストなんだろうけども」
俺はアクアに渡されたリュックとツルハシを受け取ると、アクアに尋ねながらその後を付いて行く。
「宝島は、玄武の俗称です! 街の外に、玄武と呼ばれる巨大な亀が現れたのですよ! 玄武は、十年に一度甲羅を干すために地上に出て来ると言われています。これは、普段は地中に棲息している玄武が、甲羅に繁殖したカビやキノコや様々な害虫を日干しにするためだと言われていますが、定かではありません。ただ言えるのは、玄武は暗くなるまで甲羅を干す事。そして玄武は鉱脈の地下に棲み、希少な鉱石類を餌にするので、その甲羅には希少な鉱石が地層の様にくっついている事です!」
めぐみんが俺の隣を走りながら教えてくれた。
なるほど、それで皆がツルハシ持って走ってるのか。
その玄武とやらが甲羅を干している間に背中に張り付いた鉱石を掘るわけだ。
「しかし、その巨大な亀とやらは背中を掘られて攻撃してきたりはしないのか? つーか、すでに凄い人数の冒険者とすれ違ってるぞ? 俺達が着く頃には掘り尽くされてるんじゃないのか?」
俺の言葉に、アクアが言った。
「宝島は温厚で、余程の事をしない限りは攻撃なんてしてこないわ! それに掘り尽くされる心配なんてないわよ? まあ、なぜ宝『島』なんて呼ばれているのか、見れば分かるわ!......それよりヘンテコ悪魔、何であんたまで来てるのよ! 玄武は神獣、神獣は悪魔の敵でしょ!?」
「我輩とてこんなバカな事をしたくはないわ! だがこのポンコツ店主がまたくだらぬ物を勝手に仕入れ、新たな赤字を生み出したのだ! このままでは、今月の店の家賃が......っ!」
「大丈夫ですバニルさん! 今は赤字に見えますが、仕入れた物が上手く育ってくれさえすれば、きっと大きな利益になります!......だ、だからそんなに無機質な目をこっちに向けないでください、怖いです!」
相変わらず店の経営うまくいっていないのか。
悪魔やリッチーが借金返済のためにツルハシ持って肉体労働しに行くとか、この世界は本当に世知辛いなぁ......。
4
「........................ありえねえ」
小山が居た。
うん、これは山だろ。
街の入り口を出てすぐの所に、小さな山か何かと間違えそうな、巨大な生き物がそこに居た。
その大きさは、俺が子供の頃に見た東京ドームと遜色ない。
近くの地面には、その生物がそこから出てきたのだろう、巨大な穴がぽっかりと口を開けており、宝島と呼ばれる巨大な亀は大地に悠然とその身を横たえていた。
なるほど、確かにこれは神獣とか呼ばれる存在だ。
日頃食っちゃ寝してる自称なんとかよりも、よほど人々の畏敬を集めるだろう。
宝島は巨大な足を地面に投げ出し、首を地に伸ばして寝そべっている。
そこではすでに多くの冒険者達が背に登り、岩石の塊みたいな背中にツルハシを打ちつけていた。
背中を掘られているというのに宝島は怒るでもなく、やけに気持ち良さそうに目を閉じている。
巨大な岩山みたいな背中にはロープが張られ、ロッククライミングのごとく冒険者達が次々によじ登っていた。
......なるほど、アクアの言っていた事が理解できた。
これを半日で掘り尽くすってのは、まず無理だ。
「いくわよカズマ! タイムリミットは日が沈むまで! リュックがパンパンになるまで掘りまくるのよ!」
アクアがすでに張られているロープを使い、宝島の背によじ登っていく。
先日の税金騒動で懐が寒くなったせいか、周囲の冒険者達も満面に喜色を浮かべ、ここぞとばかりに掘っていた。
俺は既にブルジョアなわけだが、かといって目の前に金が落ちているのに拾わない手はない。
どれぐらい儲かるのかは知らないが、ここは行っとくべきだろう。
「おし、せっかくだし行くとするか。......おっ、ダスト達がいるじゃないか。あいつらも先に来てたのか」
ロープを使って宝島へとよじ登りながら、俺は見知った顔の存在に安心する。
俺達はヘルメットをかぶり準備を終えると、宝島の背によじ登り、手近な所にツルハシを振るい始めた。
アクアとウィズの二人は髪形が崩れるのが嫌なのか、ヘルメットは着けていない。
ツルハシが鉱石の塊を打ち砕き、キラキラと輝く石が散乱する。
この石一つに一体どれほどの価値があるのか。
「......なあ、これ一つがどの位の価値があるのか知らないけどさ。こんな簡単に儲かっちゃっていいものなのか? ていうか、よく見れば冒険者ばかりだな。こんなお祭り騒ぎなら、街の人達も掘りにくればいいのに」
辺りを見渡しても、ツルハシを振るうのは同業者しかいなかった。
鉱石掘りなんて、俺がこの世界に来た当初にお世話になった、土木工事の親方達の方が上手そうなもんだが。
そんな疑問にアクアが答えた。
「そりゃあもちろん、危ないからよ」
............は?
と、誰かの声が轟いた。
「おあああああーっ! やっちまった! 鉱石モドキを掘り当てちまったっ!」
突然の悲鳴にそちらを見れば、一人の冒険者がツルハシを手に、複数のタコの様なグニャグニャした生き物達と対峙している。
「うおっ!? な、なんだありゃ!? おいヤバいぞ、早く助けに......!」
その生き物は、身体の表面を周囲の鉱石に溶け込む様に擬態化させていた。
なるほど、だから鉱石モドキ。
だが、一心不乱にツルハシを振るうアクアとウィズはそちらを見向きもしなかった。
「ほっときなさい! ここにいるのはみんな仮にも冒険者! 彼らはいつだって死ぬ覚悟はできているわ! そんな彼らを勝手に助けるだなんて、決死の覚悟を踏みにじる行為だと思いなさい!」
「全くです! たとえ力及ばず果てるとしても、クエストの最中に亡くなるのは冒険者としての誉れです! それに......、それに借金が......っ!!」
「お、お前らそれでいいのか人として!」
いや、そういやこいつらは人じゃなかった!
鉱石モドキとやらに襲われていた男が叫ぶ。
「た、助けてくれえええっ!!」
「......助けてくれって言ってるぞ。アレ、本当にほっといていいのかよ自称なんとか」
「あははははははっ!! 高純度のマナタイトよ! こっちはフレアタイト! お小遣い使い果たして困ってたけど、これで全部帳消しね!」
自称なんとか様はすでに聞いちゃいなかった。
だがそのなんとか様とは違い、本来人類の敵であるところのリッチーは、ここで見捨てるほどには人の心を捨てていなかったらしい。
「うう......。お店の家賃なら、私が身売りすればまだ何とかなる......っ! 大丈夫、身売りしても死ぬわけじゃない、死ぬわけじゃない......っ!!」
とんでもない事を口走るウィズがツルハシを置き、男を襲う鉱石モドキに向き直る。
「ちょ、ウィズは掘ってろ! あいつの所には俺が助けに行くから!」
身売りって......。
だって、身売りってお前......!
俺の呼びかけに、だがウィズは儚げに微笑むと、
「大丈夫ですカズマさん。リッチーの爪と髪は魔力の塊。これを冒険者ギルドに素材として持って行けば、結構なお金に......」
「や、止めろよ、マジで止めろよ! 身売りってそっちの方かよ! 要はとっとと助けて採掘作業に戻れればいいんだろ? おい、行くぞアクア、めぐみん! 四人で掛かれば速攻で終わるだろ!」
あいにくと今日は武器も防具も身に着けていない。
ツルハシを握る俺の隣では、同じくめぐみんが得物を構えて距離を詰める。
俺の呼びかけに、流石のなんとか様も放ってはおけなくなったらしい。
「くうっ、この一分一秒を争う時に、しょうがないわねっ! 鉱石モドキの分際で、私の邪魔するなんておこがましいわ! くそったりゃああああ!」
アクアが叫んで、そのまま握っていたツルハシで鉱石モドキに殴りかかる。
物欲にかられた女神が、生物にツルハシで殴りかかる。
それは金持ちになって余裕ができた今なら分かる、なんとも酷い女神の笑顔だ。
「本来であれば貴様に手助けをするなど反吐が出るところだが、今回だけは言ってられぬわ! とっとと仕留めて次に行くぞ! 『バニル式破壊光線』!」
殺生を禁じる側の女神がなんの躊躇もなく一匹の鉱石モドキをアッサリ仕留め、ちょっと離れたところでは、鉱石を掘っていたバニルが腕から黒い光線を発射する。
邪悪な光に包まれた鉱石モドキの群れは周囲の岩盤と共に爆裂四散した。
「ちょっとあんた、そんな事出来るなら最初からやりなさいよ!」
「やかましいわ、今月はシャレや冗談ではなく、真剣に家賃がヤバいのだ! これで気が済んだか身売り店主よ! とっとと作業に戻って赤字を埋めるぞ!」
いつになく焦るバニルの声に、俺はふと首を傾げた。
常に飄々としているコイツがこんな反応を見せるだなんて珍しい。
助けられた冒険者がぺこぺこと頭を下げる中、その様子に違和感を覚えるも、俺はすぐさま掘削に戻った。
──それから半日が過ぎた頃。
リュックをパンパンに膨らませたアクアとめぐみんが、早々に飽きて街の入り口にいた俺の下へとやって来た。
とはいえ俺のリュックも、質の良い鉱石がそこそこに詰められている。
夕暮れ時。
宝島の背中は、すでに巨大な岩盤の塊ではなく、所々に本来の甲羅がむき出しになった状態になっていた。
宝島の元来の甲羅は黒く美しい光沢を放っており、ツルハシで叩いてみても傷一つ付く事は無かった。
さすがに他の冒険者達も満足行くまで掘ったのだろう。
今は甲羅干しをする宝島を、全員で遠まきに見守っていた。
見守られている宝島は、チラリと街の入り口、俺達冒険者の方を見る。
まるで、もう満足したのかと言いたげに。
その視線に、俺は一つだけ心残りな事があった。
宝島の背中には一際大きな鉱石の塊がいまだピッタリとこびり付いている。
アレさえ剝がせれば、きっと宝島の甲羅は実に綺麗に光り輝くだろう。
「......なあめぐみん、ちょっといいか?」
俺は、掃除を途中で中断してしまった、どうにも中途半端なもどかしい気分が落ち着かず、隣のめぐみんに耳打ちする。
「......ええっ!? ほ、本気ですか!? そりゃあまあ、今日はまだ爆裂魔法を使ってませんし、一日一爆裂の日課にしても、相手に不足はありませんが......」
めぐみんに何をさせようというのかと言えば、それはもちろん......。
「でもいいんですか? 宝島は温厚ですが、さすがに爆裂魔法なんて撃ち込めば襲ってくるかもしれませんよ? それに、一応暗黙の了解で宝島への攻撃は止めておこうって事になっているんですが......」
渋るめぐみんに、俺は大丈夫だと促した。
「いや、俺の勘だけど、多分宝島は怒らないよ。それどころか喜ぶかもしれん。俺の言う通りに直撃さえさせなければ、きっと大丈夫なはずだ。めぐみん、頼む」
俺に促され、めぐみんは渋々と魔法の準備を始めた。
「知りませんよ、どうなっても? それに爆裂職人である私といえど、手元が狂う事だってありますからね?」
お前の本業はアークウィザードだろう、いつから職人になったんだ。
冒険者達が、突然の恵みをもたらしてくれた宝島に感謝を込めて、地中に帰るまで静かに見守る中、めぐみんの魔法の詠唱が響き渡った。
「え、ちょっと、あんた達、何してんの!?」
アクアを筆頭に冒険者達がざわつく中、めぐみんの爆裂魔法が完成する。
「『エクスプロージョン』──ッ!!」
めぐみんから放たれた光は宝島の甲羅から僅かに上空で爆発を起こした。
それと同時に甲羅に最後まで張り付いていた大きな岩盤を粉砕する。
それ以外にも所々に残っていた小さな鉱石類が、衝撃でひび割れたりと砕けて落ちた。
めぐみんの狙いが良かったのか宝島が硬いのか、宝島の甲羅には傷一つ付いていない。
どよめく冒険者達を尻目に、宝島は魔法を放っためぐみんと、その隣の俺をチラと見た。
その視線にめぐみんがビクンと震え怯えるが、俺は大丈夫だと自分に言い聞かせ、その場で宝島を見守り続ける。
大丈夫だよなと思いながらも、いつでも逃げられる様に身構えていると。
今日一日ずっと動かなかった宝島はむくりと起きると、まるで昼寝を終えた後のように気持ち良さそうに伸びをした。
そしてそのまま、ぽっかりと開いた穴に戻っていく。
──宝島は、十年に一度地上に出て甲羅を干す。
きっと、その仮説は間違ってはいないのだろう。
だが、それなら街の近くに現れなくてもいいのではないだろうか。
聞いた話では、宝島は必ず街の近くで甲羅を干すそうだ。
そう、まるで背中の鉱石類を人間に掘らせる様に。
宝島の最大の目的は、背中にこびり付いた老廃物である、あの鉱石類を掃除してもらう事ではないのだろうか。
背中の鉱石類をあらかた取り払われた宝島は、まだ日が沈みきっていないにも拘わらず、穴の中へと向かっていく。
と、宝島はもう一度俺とめぐみんの方をチラと見て、その巨大な身体をブルリと大きく震わせた。
その振動で、まだ僅かに残っていた鉱石類が宙に舞う。
宝島はそれでさっぱりした様に、どこか満足気な顔で再び穴へと潜っていった。
どうやら、この神にも等しい巨大なモンスターは、最後にお土産をくれたらしい。
俺とめぐみんは顔を見合わせ、微かに笑い合う。
悠然と去っていく宝島のその姿は本当に神々しくて美しく。
俺はこの世界にやってきて、ようやくファンタジーらしい光景に出会えた気分だった。
「ねえカズマ、あれってめぐみんの爆裂魔法へのお礼よね? なら、私達だけでこのお土産の鉱石、全部もらっていいわよね?」
「こ、これでお店の借金と、家賃が......!」
──俺の名は佐藤和真。
俺がこの世界でまともなファンタジーっぽいクエストをこなせないのは、周囲にいる仲間たちのせいかもしれない。
1
「カズマさんカズマさん。ちょっとお願いがあるんですけど」
翌朝。
遅めの朝食を摂り終えてコーヒーを飲みながらまったりしてると、なぜかシャベルらしき物を肩に載せたアクアがそんな事を言ってきた。
「なんだよ、小遣いならやらないぞ? 今月分はもうやったし、昨日宝島から得た鉱石類で儲けただろ」
「違うわよ。お願いっていうのはね、カズマさんの冒険者としての力を貸して欲しいの」
冒険者としての力?
「朝っぱらから物騒な話だけど相手は一体何なんだ? 俺はもうブルジョアで優雅で穏やかな生活を送るって決めたんだ。危ない相手ならお断りだぞ。どっかのアンデッドをしばきにいくとか悪魔に因縁付けに行くとかなら、冒険者ギルドに依頼を出しなさい」
「モンスター退治のお願いじゃないわよ、私だって危ないところには近付きたくないしブルジョアで優雅な暮らしを送りたいもの」
相変わらず俺と似た思考をするヤツだ。
日頃からアホな事はせず、普通に遊び相手としての関係なら、こいつは素晴らしい相棒なのに。
「とりあえず庭に来てちょうだい? そこで超凄いカズマさんの力を振るって欲しいの」
「よく分からんが、危なくないなら構わないぞ。日頃眠っている真の力を見せてやろう」
俺はそう言って腕まくりをしながらアクアと共に庭に出た。
「ピヨッ」
「......お前、本当にちっとも大きくならないなあ」
庭では、日向ぼっこをしているちょむすけと、その毛並みが暖かいのか、傍から離れようとしないゼル帝がいた。
徐々に大きくなってきたちょむすけとは対照的に、このひよこはなぜかちっとも育たない。
保有する魔力が多いと成長がゆっくりだとか言っていたが、それが関係しているのかもしれない。
以前はゼル帝の事を怖がっていた黒毛玉だが、最近では警戒心を解き仲良くなった様だ。
ゼル帝が大きくなったら唐揚げにしようと思っていたが、こんな関係になっているのなら引き離すのもかわいそうだ。
微笑ましくも癒される姿を眺めていると、アクアがくいくいと袖を引っ張り。
「そこに畑があるでしょう? カズマさんの力で、あそこに栄養たっぷりの土を振り撒いて欲しいの」
「............お前、もはや英雄と言ってもいい俺の力で畑作ろうって言ってんのか」
アクアが指さすその先には、一張羅のワンピース姿で麦わら帽子をかぶっためぐみんが、地面に置いたクワを片手に汗を拭いていた。
「いや、めぐみんまで何やってんの? 二人で家庭菜園でも始める気なの?」
「おやカズマ、ようやく起きて来たのですか。見てください、この良質な畑を。後はここに魔法で生み出した土を撒けば、きっと立派な野菜が育ちますよ」
田舎のおばちゃんみたいな事を言い出しためぐみんが、足元の土を摘まみ笑みを浮かべる。
「この家にはせっかくこんなに広い庭があるのですから、どうせなら畑を作ろうと前々から思っていたのですよ。野菜は高いですからね。家計だって助かりますし、いつでも新鮮な野菜が食べられるというのは良い事です。カズマに美味しい野菜カレーを食べさせてあげますよ」
「いや、それはまあ嬉しいんだけどさ。......野菜って素人が育てて大丈夫なのか? キャベツみたいに襲ってきたりはしないんだろうな?」
俺が放った一言に、アクアとめぐみんが目を逸らす。
「おい、野菜って勝手に育てちゃダメなんだろ。許可か何かがいるんだろ! おい、そういやダクネスはどこだ! あいつは行政側の人間だから、留守にしてる間に作っちまおうって考えたんだろ!」
「まあ待ちなさいなカズマ。野菜を育てるには確かに資格がいるけれど、高レベルの冒険者なら家庭菜園をしてもいいって特例があるわ。そして私達は高レベル。ええ、何の問題もないわね」
「その通り。私のレベルは今や四十を超えています。家庭菜園の一つや二つ、許されるはずです」
こいつ、いつの間にそんなレベルになってたんだ。
レベルの上がりやすい職業である冒険者のはずなのに、俺一人だけまだレベル十台なんだけど。
「めぐみんがそこまでレベルが上がっていたのにはちょっとビックリだけど、まあそんなわけで、カズマには良質な土を生み出して欲しいの。あんたってばクリエイトアースの魔法を目潰しに使ったり人様に嫌がらせで浴びせる泥水作りに使ったりしてるけど、本来の使途は土作りだからね?」
「そういえばそんな事言ってたなあ。しょうがねえな、『クリエイト・アース』!」
庭先に作られた畑に魔法で土を撒いていく。
その後ろでは、アクアとめぐみんが種を蒔いていた。
「一応聞いとくけどそれ何の種蒔いてんの?」
ふと不安になり尋ねるが、アクアは何を心配してるんだと言いたげな顔で、
「コマツナ、ジャガイモ、ダイコン、ピーマン、秋刀魚、ホウレンソウよ。今の時季だとこの辺りがオススメだって、農家のおじさんが言ってたわ」
............。
「......なあ、今なんかおかしなのが交じってなかったか?」
「分かってるわ、冬が近いのに夏野菜が入ってるって言いたいのね。でもねカズマ、ここは日本じゃないのよ? 野菜だって生命力に満ち溢れてるんだもの、冬だろうが元気に育つわ」
違うそっちじゃない、野菜以外の物が一つあったろ。
「......ふう。良い感じに蒔き終わりましたね。後は定期的に水やりをして、たまにマッサージをしてあげれば冬には収穫出来ますよ」
「おい、今マッサージって言ったか? これって野菜を育ててるんだよな? 家畜育ててるんじゃないよな?」
いちいちツッコむ俺をよそに、アクアが満足気な表情で、
「今年は初心者向けの野菜ばかりだけど、来年からは難易度の高いヤツに挑戦するわよ!」
「そうですね、来年は春キャベツにトマト、マンドラゴラなんかも育ててみましょうか」
「今のは聞き逃さねーぞ! マンドラゴラって言ったな! お前ら今マンドラゴラ育てるって言ったろ!」
マンドラゴラとは引っこ抜くと悲鳴を上げ、それを聞いた者は死ぬとかいうヤバい植物だ。
と、俺達がそんな事をやっていると、玄関先に人がいた。
その人物はドアの前を行ったり来たりし、ノックしようかしまいかをひとしきり悩んだ挙げ句......。
「家の前まで来て、なぜそこで帰ろうとするのですか!」
「め、めぐみん!? なんでそんな所にいるの!?」
そこにいたのはゆんゆんだった。
ドアをノックするのを諦めて、背を向けようとし、驚いている。
「こないだ突然押し掛けてから日を置かずにまた訪ねるのもなんだか悪いし、やっぱりもう少し間を空けた方がいいかなって思って......」
「別に暇なら毎日だって遊びに来ればいいですよ、なぜ毎度毎度そんなに気を遣うんですか! それより、何か用があって来たのでしょう?」
めぐみんの問いかけに、またしても手土産なのか、菓子折りらしき物を手にしたゆんゆんが、
「ま、毎日来てもいいの? ねえ、本当に来たらウザがったりしない? 私が遊びに来たら急に会話が途絶えたり......」
「そっちはどうでもいいですよ、今の態度がウザったいです! とっとと用件を言ってください!」
早々とキレた短気なめぐみんにビクビクしながらも、
「実は、こないだ言ってた族長試練の事なんだけど......」
ゆんゆんはそう言って、語りだした。
「──つまりこういう事か? 紅魔族の族長試練は、相方となる者を連れ、二人で受ける必要がある、と」
「そうなんです。昔は、後衛を担う紅魔族の魔法使いと、前衛を担う外から来た冒険者の剣士という組み合わせが多かったらしいんですが......。紅魔族はその、何分強いもので。紅魔族が二人いれば、前衛も何もなく、火力でゴリ押しして試練をクリア出来るとみんな気が付きまして」
情緒もへったくれもないな紅魔族。
そこは試練を受けるために相応しい相方を探して旅をし、やがて二人は恋が芽生えてみたいな展開が王道だろうに。
と、じっと話を聞いていためぐみんが、深々と息を吐き。
「それで、誘う相手がいなくてこの私に頼みにきたというわけですか。......まったく、しょうがないですねえ。いいでしょう、そういう事なら我が力、存分に振るってあげましょう!」
そう言いながら、案外満更でもなさそうな表情で苦笑を浮かべた──
「えっ? 違うわよ、めぐみんが付いて来ても役に立たないじゃない。一発撃ったら後は邪魔なだけでしょう? 試練は三つもあるんだから」
結構辛辣なゆんゆんの言葉に固まるめぐみん。
「その意見は凄く同意出来るけど、じゃあ一体なんでここに?」
「そ、それが......」
俺が促すと、ゆんゆんは緊張した面持ちで膝上の拳をギュッと握り締め。
「前衛が出来る友だ......悪ゆ......。いえ、知り合いの冒険者の人に一応嫌々お願いしてみたんですけど、『ああん? 俺は今宝島で儲けたから働く必要ねえんだよ。バインバインの紅魔族のチャンネー紹介するってなら、まあ請けてやらなくもないけどよ?』なんて最低な事を言われまして......」
「誰だか知らんがロクでもないヤツだな。そんなのとは付き合わない方がいいと思うぞ、同類だと思われるからな」
「いえ、その人は勝手に付きまとってくるっていうか、行きつけのお店に大体いるっていうか......」
困り顔を浮かべるゆんゆんは、意を決した様に顔を上げ。
「あの、カズマさん! 私と一緒に紅魔の里の試練を受けてくれま......痛い痛い! ちょっとめぐみん、何するの!?」
突如怒り出しためぐみんが、ゆんゆんのおさげを引っ張りながら、
「何するのではありませんよ! 毎度毎度、ウチのカズマを便利に使われてたまるものですか! カズマが出るまでもありません、紅魔の里の試練ぐらい、この私がどうにかしてあげますよ!」
そう言って、脇に置いてあった杖を抱き締め宣言した。
「ねえめぐみん、ぶっちゃけあなたについて来られても迷惑なんだけど......」
「あなたは日頃オドオドしてるくせに、たまにハッキリ言いますね!」
めぐみんは、興奮で目を紅くしながらこちらに向くと、
「高レベルの紅魔族である私なら、そこらの低レベルな前衛よりよほど戦えます。モンスターごとき、我がマナタイト製の杖で撲殺してやります! なのでカズマ、ちょっと留守にしてきますね!」
いよいよ魔法使いとしてのアイデンティティまで捨て始めためぐみんが、興奮して杖を振り回し、宣言した。
2
「それではしばらくの間出掛けてきますが、私がいない間にあまりバカな事しないでくださいね?」
「お前最近、自分が常識人枠入りしたと勘違いしてないか? 言っとくけどこの街一番の問題児は、実はアクアじゃなくお前かもしれないからな」
翌朝。
自分の事を棚に上げ俺達に心配そうな表情を向けてくるめぐみんは、ダクネスへと向き直ると。
「ダクネス、私がいない間はあなたが二人を止めてくださいね。ダクネスは、性欲が強い事以外は結構まともなところがあります。アクアがバカな事をしたりカズマが死にそうになったりしないよう、ちゃんと見といてくださいね」
「せ、性欲が強いだけはやめてくれ! めぐみんこそ、この街で一番気が短いのだから誰彼構わず喧嘩を売るんじゃないぞ。カズマの事はちゃんと見ておく。突然現れた女にフラフラと付いて行かない様にという意味でもな」
おっと、俺の信用がなぜか最低値なんですが。
「女性関係についてはダクネスの存在が一番不安なのですが......。まあいいです、何だかんだで二人ともいざ事に及ぼうとすれば互いにヘタレですからね。アクア、一応この二人がふしだらな関係にならないか見張っておいてくださいね」
「分かったわ。この年で子供は早いものね。変な声が聞こえてきたら、ちゃんと避妊する様に注意すればいいのね」
「ちっとも分かっていませんよ! カズマ達を二人きりにしなければそれでいいです!」
こいつの中で俺の評価はどうなっているのだろうか。
「おい、俺だってそれなりに節操はあるぞ。なんせ二股なんてせずダクネスをキッパリ振ったからな」
「そういえばそうでしたね。ダクネスをキッパリ振ったのでした。すいません、もうちょっとカズマの事を信用しますね」
「............お前らちょっと庭に来い、そこで目に物見せてやる」
目が据わってきたダクネスをよそに、めぐみんは俺達に手を振ると、
「それでは、ちょっと紅魔の里の試練とやらをぶっ飛ばしてきます。みんな、大人しくしていてくださいね」
そう言って、クスリと笑い出て行った──
「さて。めぐみんがいなくなった事だし、家事当番決めるか。早ければ数日で帰るって言ってたけど、一応な」
めぐみんが出掛けた後。
残された俺達はこれからの事を相談していた。
「私、いい加減トイレ掃除ばかりやらされるの嫌なんですけど。料理当番とかそういったのを回してちょうだい」
「いや、アクアが料理をすると食材の大半が無駄になるだろう。液体調味料数本が料理の度に水になるのは非効率的だ」
ふむう。
「なら料理当番は俺が受け持つ。ダクネスは料理は普通だし、アクアは論外だからな。代わりに掃除をダクネスが、トイレと風呂はアクアが担当な」
「な、なあ、私の料理は普通なのか? これでも一応最低限の料理は習ったのだが......」
「だからどうして私にトイレ掃除ばっかさせるのよ! それに料理当番だけだなんてなんかズルいわよ! 我が家の家事に新しく畑当番が増えたから、せめてそっちも手伝ってよね」
俺の提案に反論する二人だったが、ふとダクネスが何かに気付く。
「畑当番? おいアクア、なんだそれは聞いていないぞ! 庭に畑でも作ったのか!? 素人の農作業は法で禁止されているんだぞ!」
「ダクネスったら一見賢そうに見えてあんぽんたんなのね。実は、高レベル冒険者は例外的に農作業しても許されるのでした! ほら、私の冒険者カードを見てちょうだい。分かったらダクネスも手伝って! そしたら美味しい野菜を分けてあげるから!」
アクアはそう言って自らの冒険者カードをダクネスに見せびらかせると、早速農具らしき鎌を手にして外に向かう。
「待てアクア、もう本当に嫌な予感しかしないから家庭菜園だけはやめてくれ! しばらくしたらウチの野菜が人様に迷惑をかける未来しか見えない!」
ウチの野菜が人に迷惑かけるというのも日本じゃなかなか聞けないセリフだ。
アクアを追うダクネスを横目に見ながら、俺はポストに差さっていた新聞を手に取り、ソファーにどかりと寛いだ。
「......ん?」
ふと広げた新聞に、気になる記事が載っていた。
『魔王軍に新たな動き。幹部の数が減った事で危機感か』とある。
幹部の数が減った事には、俺達が物凄く関わっている。
新たな動きってなんだろう、俺なんか連中のブラックリストのトップに載ってるんじゃないだろうか。
俺としてはもうブルジョアで穏やかな暮らしがしたいのだ。
魔王軍が俺を恐れる気持ちは分かるが出来ればそっとしといてほしい。
「とはいえ、厄介事ってもんはいつも向こうからやってくる。......やれやれ、ヒーローってもんは辛いもんだぜ......」
俺がフッと息を吐くと、こちらをジッと見ていたちょむすけと目が合った。
......みんな出て行ったから俺一人だと思っていたのに。
猫相手とはいえ痛々しい独り言を聞かれ、自然と顔が赤くなる中、俺は新聞のページをめくり......。
「......はえっ!?」
次のページには、なんと俺の名前が載っていた。
そういえば以前王都の城に住み着いた時、魔王軍の幹部を倒しまくっている俺達の特集を組めと、めぐみんと共に新聞社に抗議した覚えがある。
その時、紅魔族の力とダスティネス家の権威をちらつかせたのだが、最近になって特集記事が掲載されたらしい。
「ほうほう、『数多の大物賞金首や魔王軍幹部を葬った、最強の最弱職サトウカズマ氏の謎に迫る』か。おいちょむすけ、これを見ろ。新聞っていうんだぞ。これに載るってのは超凄い事なんだ。あっこら、新聞に爪立てるな!」
見せびらかしていた新聞を破られそうになり慌ててちょむすけを抱き上げ膝上に置くと、俺は再び新聞に目を通した。
そこには、俺達パーティーの事が色々と書かれていた。
まず俺の事は、アクセルを拠点とする最弱職でありながら、あちこちで魔王軍幹部や賞金首を倒した謎の冒険者とある。
数多のスキルを使いこなし、王侯貴族とも親しく紅魔族との交流も深い。
財力や権威、そして知恵と力と幸運に恵まれた、最も注目すべき冒険者として紹介されていた。
「アクアー! アクアー! ちょっと来てくれ、これ見て、これ......。......いや待てよ?」
庭先でダクネスと何やらわちゃわちゃしているアクアを呼ぼうとしたが、新聞の続きを見て思い直す。
俺の記事を自慢したかったのだが、そこに書かれていたのは俺一人だけではなかった。
「『このパーティーで凄いのは、何もサトウカズマ氏だけではない。人類の持てる究極の攻撃手段、爆裂魔法すら操るアークウィザードの美少女を皮切りに、血族が頑強な事で有名な大貴族、ダスティネス家の美人令嬢がクルセイダーを務め、そして全てが謎に包まれた、青髪の美人アークプリーストまでもが在籍している』......。ひょっとしなくても、この美少女だの美人だのってのは......」
いやいや、確かに見てくれはいいのだ。
というか俺の紹介欄だってちょっと盛られてるしな。
「『高い耐久力と力強い攻撃力を持つクルセイダーが前衛を務め、いざという時になればテレポートすら使えるであろう、紅魔族のアークウィザードが火力を担当する。そして存在自体が稀な、万能職であるアークプリーストがそれらを支え......。冒険者は何らかのサポートをする、バランスの取れた素晴らしいパーティー構成......』......あれっ、ちょっと怪しくなってきたな」
その後を読み進めていくと、めぐみんやダクネス、アクアはやたらと過大評価されているものの、俺の活躍の事はあまり書かれていなかった。
というか、指揮官とか指導者とかなんかそんな扱いだ。
いやまあ間違ってもいないんだけどさ、ちょっとショボいというかなんというか......。
なんだかドヤ顔されそうだから、今日の新聞はあいつらには見せないでおこう。
しかし......。
「こんな辺境まで来ないでくれよ。関わらないでくれれば、こっちから喧嘩売りに行ったりなんてしないからな」
俺は新聞の一面記事にある、『魔王軍に新たな動き』という見出しをチラリと眺め、それを畳んでしまい込んだ。
──畑仕事を終えたアクアが、みんなで昼食を摂り終えた後。
「討伐するわよ!」
口元にひげの様にソースを付けたまま、いつになく張り切りながら端的に言ってきた。
こいつはいきなりどうしたのか。
まさかこないだの宝島で冒険者としての喜びに目覚めたのだろうか。
「モンスター討伐は冒険者としての本分だし構わないが、私達だけでやれるのか? めぐみんが帰ってきてからでもいいんじゃないか?」
優雅に紅茶を啜りながら言うダクネスに、
「それよ! 私達にはめぐみんがいるわ。ええ、それはもちろんいい事よ? でもね、ふとこないだ思ったの。めぐみんが大体モンスターにトドメを刺すから、私達のレベルが上がらない事にね。まあ既に完璧な私はこれ以上レベルを上げてもステータスは伸びないんだけど、ほら、このパーティーの看板みたいな私が一番レベルが高くないと、外聞みたいなものがあるじゃない?」
「いつからお前がパーティーの看板になったのかは知らないが、まあ確かに、ちょっとレベルは上げたいかな」
というか、俺以外の連中がみんないつの間にかレベル二十以上とか三十以上とかになってるし。
俺だって経験値がたくさん詰まった高級食材を食べてるのに、なぜこんなにも差がついたのか。
「たまにダクネスと墓地の除霊をしてるけど、やっぱ野良ゴースト程度じゃダメね。ちっとも経験値が入らないの。そこで、めぐみんがいない間にたくさんレベルを上げておいて、帰ってきたらビックリさせようってわけよ」
「一人だけ仲間外れにされたと知ったらめぐみんが暴れるかもしれないぞ?......まあ、とはいえ、今も紅魔の里で試練とやらを受けているわけだし、同じパーティーのメンバーでこれ以上レベルに差がつくのは良くはないな」
ダクネスがちょっと真面目に考え込むが、それを言われるとレベル的にも職業的にもステータス的にも、俺が一番立場がない。
しかし......。
「めぐみんがいない間に差を縮めるためのレベル上げはいいんだけどさ。どうやってレベルを上げるんだ? 経験値がもらえるのはトドメを刺したヤツだけだろ? お前ら二人は攻撃手段が皆無じゃないか」
そう、ダクネスは攻撃がスカばかりだし、アクアはアンデッドか悪魔にしか攻撃手段を持っていない。
俺の疑問に応える様に、アクアはふんと鼻息を吹くと、
「それにはちゃんと考えがあるわ。まあ私に任せなさいな!」
不安になるドヤ顔で、そんな事を言ってきた。
3
アクセルの街の路地裏からアクアがひょこっと顔を覗かせた。
「......見つけたわ。みんな、準備はいいかしら?」
俺はてっきり街の外のモンスターを狩りに行くのかと思ったのだが、アクアの標的はとても身近なとこにいた。
「お、おいアクア、お前まさか......!」
俺と同じく街から出ると思っていた鎧姿のダクネスが、戸惑った声を上げる中。
「まずは私が軽く攻撃して動きを止めるわ。そうしたらカズマはバインドで縛ってちょうだい! そうして相手が動けなくなったところをみんなで囲んで袋叩くの!」
「お、お前、それで本当に聖職者のつもりなのか......」
俺は軽く引きながらアクアに向けて呟いた。
いや、聖職者だからこそなのか。
そう、アクアが狙う相手とは......。
「おや? これはダスティネス卿にお仲間方、こんな所で奇遇」
「ゴッドブロー!」
ウィズの店の前の掃除をしていたのか、箒を片手にぺたぺたと歩いていた着ぐるみが、アクアに殴られパサリと落ちた。
地に落ちた時の軽い音から、またもや中身を消されたらしい。
「おい着ぐるみ、しっかりしろよ! バニル、いるかー!? お前んとこのがまた残機を消されたぞ!」
店の中に呼び掛けると、慌てた様子のバニルが出て来た。
「この忌ま忌ましいクソ女め、貴様は毎日毎日、我輩へ何か嫌がらせをせねば気が済まぬのか!」
「このペンペンを蘇生させる度にあんたの残機も減るんでしょ? だったら凄く都合がいいわ。敬虔な信徒が捧げてくれる私の神聖な無尽の魔力と、一山三十エリスぐらいにしかならないあんたの残機。一体どっちが先に尽きるのか、試してあげるわ!」
バニルが着ぐるみの背中に息を吹き込み蘇生を試みようとする中で、一人付いていけていないダクネスがアクアを止める。
「おいアクア、ひょっとしてレベル上げの相手というのは......」
「もちろんこのペンペンよ。私にアッサリやられちゃうぐらいに弱っちいけど、コイツを浄化した時にレベルが一つ上がったわ。つまり経験値はたくさん持ってるみたいなの。なので、コレを使って戦力強化よ!」
「ピイッ!」
蘇生されたばかりの着ぐるみが、アクアの言葉に悲鳴を上げた──
「──お、お茶です」
そのままウィズの店に押し入ったアクアの下に、着ぐるみが怯えながらお茶を出した。
布の切れ端で繕いをされた手羽先が小さくカタカタと震える。
手羽先が繕われているのは、以前クリスにダガーで斬り落とされたからだろう。
この見てくれと相まって、なんだかどんどん罪悪感が湧いてくる。
着ぐるみからお茶を受け取ったアクアは、それをクピリと一口飲むと。
「......あんた、この私にお茶と称してお湯を出すなんていい度胸ね」
「あれえ!? いや、私は確かにお茶を淹れ......! も、もう一度淹れ直して参ります!」
「ええい、淹れ直す必要などないわゼーレシルト! 貴様が弄ばれているだけだ!」
湯飲みの中身をお湯に変えたアクアに因縁を付けられた上、更には上司にあたるバニルに叱られた着ぐるみがショボンと肩を落として近付いてきた。
「少年、私は確かに悪魔だが、心がへし折れそうになる事もある。愚痴を聞いてはもらえないだろうか......」
「もうお前、悪い事言わないから本当にこの街から逃げた方がいいって」
俺が着ぐるみを慰めていると、ダクネスがふと店を見回す。
「そういえばウィズの姿が見えないな。彼女はどこかへ出掛けているのか?」
「それがあの電波店主ときたら、このところ一週間ばかり一睡もさせずに働かせていたら、挑戦者の気配を感じますだのなんだのと妙な事を口走り始めてな。先日の宝島で一息吐けた事であるし、これはいけないと思い休ませているのだ」
ウィズはもうダメなんじゃないのかな。
「ところで少年。今日君達は、一体何をしに来たのだね?」
「「「あっ」」」
バニルに言われて思い出す。
そうだ、アクアが言っていたレベルアップ......。
俺はキョトンとした顔でこちらを見つめる着ぐるみから目を逸らすと、アクアとダクネスを店の隅に連れ、声を潜めて相談を始めた。
(おい、本当にアレを何度も倒してレベル上げするつもりか? 実は以前紅魔の里で、仲良くなった人達から養殖っていう、瀕死にして動けなくしたモンスターにトドメを刺すレベル上げを勧められた事があるんだけど、それと同じくらい胸が痛むぞ)
(本当にあの可愛らしい外見は厄介ね。でもよく考えると、何度も悲鳴を上げて泣かれるのは、いくら悪魔相手でも心にくるわね。いい考えだと思ったんだけど、どうしたものかしら)
(それなら、普通にレベル上げをしに行けばいいのではないか? めぐみんがいないとはいえ、私達もそれなりに腕を上げたはずだ。これは良い機会だ、普段ならめぐみんが出会い頭に一掃してしまい、そのまま帰るだけだからな)
ふうむ、このメンツで普通にモンスターを狩ってレベル上げ、か。
よく考えたら、俺とアクアとめぐみんでパーティーを組んでいた事はあっても、俺とアクアとダクネスというパーティー編成は試していない。
「よし、めぐみんが魔力を枯渇させた場合にもっと動ける様に、今の内にちょっと練習しとくか」
俺のいつになく冒険者っぽい提案に、二人はこくりと頷いた。
4
お前らは結局何をしに来たんだとバニルに煽られ、気の短いアクアが着ぐるみを浄化したりと色々あったが、その後、俺達は街から出て平原へとやってきていた。
「カエルだな! 今日こそはカエルリベンジだ!」
「嫌よ! カエルだけは嫌! だってあのカエルって、私の天敵として作られたとしか思えない生き物なんだもの!」
昔のトラウマが蘇ったのか、一人反対するアクアのおかげで、相手にするモンスター選びに難儀していた。
「しかしアクア、私達の力ではカエルが最も効率が良いと思うのだが......。金属製の鎧を着ている私がいるから、カエルは私を食べられない。となれば全滅する事だけは避けられるはずだ」
「そうなればカエルが狙ってくるのは私になるに決まってるじゃない! 私だって学習するのよ、これは絶対に私が食べられる流れね!」
コイツは最近、本当に少しずつだが学習してきた。
レベルが上がっても知能のステータスは上がらないはずなのだが、これも成長というやつなのだろうか。
アクアの成長が見られなんだか嬉しくなった俺は、その意見を吞んでやる事にした。
「分かった。それじゃあ別のモンスターにしようか。街から離れた森の中なんてどうだ。この時季は多くのモンスターが、冬眠に備えて食い溜めしようと活発になってるらしい。きっと森に入ればモンスターも入れ食い」
「嫌。森の中は虫系のモンスターが多いんだもの。きっと魅力溢れる私が放つ甘い香りに誘われて、どうせ私が真っ先に集られるに決まってるわ」
虫を誘う食虫植物みたいな事を言い出したアクアだが、まあそんな事もありそうだ。
そんなアクアにダクネスが、ふむと考えポンと手を打つ。
「ではこれならどうだ? ほら、以前アクアが浄化した湖にワニがいただろう。住み処を奪われたあいつらは他の湿原地帯に移動したはずだ。今もきっと湖からそう遠くない場所に潜んでいる事だろう。ならば、いっそここで元を絶って、あの時請けた依頼を完璧なものに......」
「嫌。そんな事言ってどうせアレでしょ? その湿地帯とやらに行っても、ワニをおびき出すために水の浄化をしろって言うんでしょう? そうなればやっぱり真っ先に襲われるのは私になるのよ。だからそんな所に行くのは嫌!」
............。
「おいコラ。なんか寒くなってきたし、あの着ぐるみ退治ほど楽して経験値稼げそうになさそうだから、だんだん面倒臭くなってきたんだろ」
「なによ、分かってんじゃない。そう言うって事はカズマもだるくなってきたのね? なら、今日はもう終わりにして、帰りに鍋の材料でも買って行きましょう」
そう言ってなかなか魅力的な提案をしてくるアクアがダクネスに捕まえられる中、俺は投げやりに指示を出す。
「よし、もうカエルでいいや。おいダクネス、適当にその辺から連れて来てくれ」
「分かった、攻撃はお前に任せたぞ。まあ、アレだけデカいカエルなら、私にもたまには当たるからな。期待していてくれ」
それでもたまにしか当たらないのか。
「いやああああああ! なんで!? どうして!? こんなのカズマさんじゃない! いつものカズマさんなら私が楽ちんな提案した時、『それじゃそうしよっか』って言ってホイホイそっちに転がるはずだわ!」
「う、うるせー! 俺がいつまでも自堕落な男だなんて思うなよ! 俺は実はやれば出来る男だった事が判明したんだよ! いいからとっととお前も来い!」
アクアが泣きながらズルズルと引っ張られる中、俺が辺りを見回していると──
「ここ最近のカズマは変よ、おかしいわ! 長年引き篭もりだったニートが勇気を出して入ったバイト先で、初めて働いた事をちょっと褒められたぐらいで自信が付いて、俺はやれば出来るって勘違いしたみたいよ! その根拠のない自信はなんなの!? ダクネスにチューされたから!? チューされて大人の階段登ったからなの!?」
「う、うるさいぞアクア、あの事はもう忘れてくれ! お前もチラチラ私を見るな! というかカズマ、見える範囲にカエルがいないぞ!」
カエルを探すダクネスが、みんなの前で俺にキスした事を思い出したのか動揺を見せる。
アクアの指摘は完全に間違ってるとは言わないが、俺が自信に満ち溢れている理由は別にある。
それは今朝の新聞での特集だ。
あれだけ大々的に取り上げられていたカズマさんが、ここまで来て面倒臭くなって帰ってどうする。
全国のサトウファン、延いては今も日本で頑張っている同じ苗字の佐藤さんに申し訳が立たない。
俺は弓を取り出すと、
「おいダクネス、まずは俺が、ダイナマイトもどきで地面に潜ってるカエルを叩き起こす。そうしたら、お前はデコイを使ってカエル達をおびき寄せてくれ。最初はカエルが集まってくるだろうが、やがて金属鎧を着ている事に気付き、ダクネスの捕食を諦めるはずだ。だが、カエルが次の標的である俺達を見つけ、こちらにやってくる頃には......。俺の弓矢が連中を仕留めている事だろうさ」
そう言って、ダクネスにフッと笑みを浮かべた。
「お、おお......! 今日のお前はどうしたんだ、本当になんだか自信に満ち溢れているな! 長年童貞だった男が勇気を出して入った大人の店で、初めての行為だったのに上手いと褒められたぐらいで自信が付き、俺はやれば出来ると勘違いしたみたい......」
「うるせー! なんなんだよお前らはさっきから、俺が自信持ったらそんなにおかしいのかよ! ちきしょう、甘やかしてくれるめぐみんがいなくたって、やれば出来るって事を見せてやるよ! 『ティンダー』ッッッ!」
俺はダイナマイトもどきを取り出すと、それを遠くに放り投げた。
着火に関しては手作りの導火線に火が点いたり点かなかったりと未だ不安定なため、ティンダーで直接点ける。
めぐみんがこの場にいたら絶対に使えないアイテムだが、こんな物は捨ててしまえと言われてからも、未だコツコツと作り続けておいたのだ。
それらを見ていたアクアがキュッと両耳を押さえて目を閉じる。
アクセルの街の外に広がる平原に、乾いた爆音が響き渡った。
それと同時にもぞりと大地が蠢くと、見覚えのある生物が現れる。
「よし! 出たぞカズマ、カエル......だ......?」
いや、確かにそこにはカエルがいた。
だがその数は一匹や二匹ではなく──
「ねえカズマ、なんでこんなにカエルがいるの!? それも、一斉にこっちを見てるけど一体何がどうなってるの!?」
ダクネスに腕を摑まれたままのアクアが泣き叫ぶ。
いや、俺だって何がなんだか......!
「言ったのに! だから私言ったのに! カエルは嫌だって言ったのに! このカエル達はね、きっと悪魔達が神である私に対抗するために生み出した邪悪な存在なのよ! わあああああああ、だから帰ろうって言ったのにいいいいい!」
「うるせー、死にたくなきゃ泣いてないで支援魔法の一つも使えよ! ていうかこの数おかしいだろ、またお前の悪運が呼び寄せたとかそんなんじゃないのかよ!」
カエル達はいつもとは違い、よほど腹でも空かせているのかひたすらにこちらを目掛け飛び跳ねて来る。
それを見て何かを考えていたダクネスは、
「おいカズマ、これはおそらく宝島のせいだ! 神獣である宝島の魔力に怯え、カエル達がずっと地面の下に潜んでいたのだ。そこいらの大物賞金首どころではない強力な魔力にあてられ、腹を空かせても出てこなかったとこを、お前の魔道具で脅かされ、こうして飛び出してきたのだろう」
「謝って! 私の悪運のせいにしようとした事、ちゃんと私に謝って! 今回はあんたが引き起こした事なんだから、責任取って何とかして!」
ダクネスの説明を聞き、俺に食って掛かってきたアクアに向けて、
「俺だってマイト一本でここまで大事になるとは思わなかったんだよ! でも疑った事はゴメンな! 謝ってやるから諦めて一緒に食われようぜ! どうせダクネスだけは生き残るから、後で助けてもらおうぜ!」
「いやああああああああ! もうヌルヌルはいやあああ! 生臭いのも汚されるのもいやああああああああああああ!」
「ふはははははは! こーいっ!」
迫りくるカエルの群れを眺めながら。
俺は、このパーティーはメンバー全員が集まってようやく一人前なんだという事を、改めて実感していた。
5
「うっ......うっ......。もうお外はいやあ......。もう、冬の間は家がいい......」
ヌルヌルになったアクアが粘液を滴らせ、絨毯の上をトボトボ歩く。
俺も早く風呂に入りたいのだが、今日はアクアに譲ってやろう。
なにせアクアは、カエルの腹からダクネスに助けられる傍から、他のカエルにパクリといかれたのだ。
俺とアクアが同時に救助されると、なぜか優先的にアクアが食われる。
多分元々の運の悪さが関係していると思うのだが、アクアが主張するカエルは神の天敵説を少しだけ信じてしまった。
俺はふらつくアクアの手を取り、風呂場へと連れて行った。
「ほら、お湯沸かしてやるからとっとと入れ。俺はその後でいいからさ」
「うっ......ぐずっ......。カズマさんがダイナマイトで起こしたせいでもあるのに、優しくされると許せちゃうのが悔しいの......」
泣きながらも大人しく手を引かれるアクアを浴場へと押し込むと、魔法で水を張ってお湯に変える。
俺はアクアが出てくるまでの間、今日のカエル討伐を報告に行ったダクネスを、ヌルヌルのままで待ち続けた──
「帰ったぞ」
カエルの苦手な金属鎧のおかげで一人無事だったダクネスは、討伐報酬とカエル肉を売ったお金を手に、玄関でジッと俺を見て立ち尽くしていた。
「ご苦労様。風呂ならまだ空いてないぞ。アクアの次は俺に入らせてくれよ?......どうした、俺の体をジッと見て」
「い、いや、皆がいつもカエルに食われているが、捕食されるというのは一体どんな気持ちなのだろうと思って......」
最近なりを潜めたと思ったが、根っこの部分がドMなのはどうやらずっと治らない様だ。
「ダクネス、おかえりー。カズマ、お風呂空いたわよー。私の入った後の残り湯飲んだりしないでね。お湯が浄化されててとっても清いとは思うけど、カエル成分が混じってたらお腹壊すかもしれないわよ」
風呂から上がったパジャマ姿のアクアが、ぺたぺたと裸足で歩いてくる。
「人を何だと思ってんだよヌルビッチ。俺はまだヌルヌルの状態なんだからな。もう一回風呂に入るハメに遭いたくなければごめんなさいを」
「ごめんなさいカズマさん、もうヌルヌルは嫌なので許してください」
流れるような土下座を見せたアクアをおいて、俺はさっさと風呂に入る事にした。
──ヌメる体を洗い終え、浴槽に浸かり息を吐く。
今日は結構色々あった様な気がするが、めぐみんが旅に出て、まだ一日も経っていない。
本来なら問題児が一人減った事で楽になるはずなのだが、俺はなぜこんなにも疲れ、こんなにも大変な目に遭っているのだろう。
と、風呂の外に人の気配。
「ねえカズマ、今日はもう疲れたから晩御飯は要らないわ。代わりにお酒のおつまみだけ貰うわね」
「おい、つまみって大事に取っといたキャビアじゃないだろうな。アレは俺が城に住んでた時、何でもみそ汁にぶち込む変な執事から無理やり分けてもらった品なんだぞ!」
風呂の外から声を掛けて来たアクアを引き留めるも、鼻歌交じりに立ち去ってしまう。
全裸のままで追いかけてやろうかとも一瞬思ったが、疲れているのはアイツだけではない。
俺はふと目を閉じると、そのまま肩まで湯に浸かり──
どれぐらいの時間寝ていたのだろう。
気が付けばランプの灯が落ちており、窓の外が暗くなっていた。
お風呂のお湯もすっかり温くなり、短くない時間眠っていたのを知る。
つまり、それほど疲れていたという事で。
そして......。
「あれでめぐみんは、なかなか役に立っていたんだなあ......」
今日は大量のカエルが相手だったわけだが、もしめぐみんがいれば一撃で終わっていた事だろう。
思えば、ダクネスがアルダープという領主のおっさんの下に嫁入りしそうになった時も、いなくなってから初めて有り難みを知ったっけ。
となると、今は人の大事にしているとっておきのつまみをパクったり、厄介事ばかりを持ち込んでくるアクアも──
「ないない。それだけはないわー」
暗くなった浴室の中、俺は自嘲気味に呟いた。
まあ、回復魔法に関してだけは褒めてやってもいいのかもしれない。
というか対悪魔やアンデッドにかけては優秀だ。
いや、それこそ遺体が傷まなければいくらでも蘇生出来る点なんかはチート能力と言っても過言ではな......。
「いや、アクアがいなきゃそもそももっとマシな神器や能力を貰えたはずで、まず死ぬ事がないんじゃあ......」
うん、これはまあ言わないでおいてやろうか。
言ったら多分泣くからな。
それに、今となってはこの世界でのバカな暮らしも──
悪くない。
そう、思った時だった。
浴室の外からドアが開く音がする。
俺が今いる風呂の中はランプの灯が落ち薄暗く、当然中に人がいるとは思わないだろう。
アクアは既に風呂に入り、めぐみんは紅魔の里にいる。
となると──
俺はシュルシュルという衣擦れの音を聞きながら、あの日の事を思い出していた。
初めてサキュバスサービスを呼んだ夜、こうして風呂に入っていたのだ。
思えば同じシチュエーションだ。
ランプの灯が偶然消えて、俺が風呂で眠りに落ちる。
あの時は夢だと思っていたが、今は確かな現実だと知っている。
浴場と着替える所を隔てるガラス戸に、白いシルエットが浮かび上がった。
完全にあの時の焼き直しだ。
ガラス戸が引かれると、そこに立っていたのはもちろんダクネス。
以前目に焼き付けた時より心なしかあちこちが大きくなったダクネスは、俺としっかり目が合うと。
「きゃあああああああああああああ!」
風呂場に甲高い悲鳴が響き渡った──
「──おおおお、お前はいきなり何を考えている! いや、というかなぜ私ではなくお前が悲鳴を上げるんだとか、色々おかしいだろうというか!」
甲高い悲鳴を上げた俺の傍に慌てて駆け寄ったダクネスは、必死な顔で俺の口を塞ぐと早口で捲し立てた。
そう、きゃーって叫んだのは俺。
悲鳴を上げたのは俺である。
俺は自分の口を塞ぐダクネスの手を押しのけて、
「ラッキースケベでセクハラ犯扱いされて堪るかよ! 俺はな、世の男性不可抗力型のラッキースケベにおいて、女性側には怒る権利などないと考えている! だってそうだろ、今だって俺が先に入ってたんだぞ! これ、性別が逆だったらお前の方が痴漢扱いだからな! それがなんで男の方が悪者にされなきゃならねーんだ、世の中間違ってるだろ! おかしいだろうが!」
「わ、分かった、お前は別に悪くない! いや、そもそも最初から責めるつもりもなければ......」
慌てた様子で何かを言おうとするダクネスに、
「大体なあ! なんで痴漢は女の証言だけで犯罪が成立するんだよ、そこら辺からして間違ってるだろ! 俺がお前と電車に乗り合わせていて、俺がお前に尻を撫で回されたとする! それを俺が痴女だと騒いだって、果たしてまともに取り合ってくれるかどうか!」
「待て、なぜ私がお前の尻を......! というか、デンシャとは......」
言ってる内にだんだん腹が立ってきた。
そうだ、世の中は間違っている。
男女平等を叫ぶなら、電車内の痴漢行為だけでなく痴女行為だって被害者の証言だけで成立すべきだ!
「俺が総理大臣になったなら、痴女も痴漢も等しく逮捕だ! そして冤罪だけは許されない。全車両に監視カメラを設置して、冤罪吹っ掛けたヤツは男女問わずに厳罰にしてやる!」
「そ、そうか、分かった! 頼むから少し落ち着いてくれ、アクアがここに来たらどうするんだ! というかお前が何を言っているのか、さっきからほとんど分からない!」
なんだか泣きそうな顔のダクネスが、シーっと人差し指を唇に当てるが知った事か!
「ただし美人のお姉さんが痴女だった場合に限っては、被害者側が届け出ない限り無罪とする! 俺が地球に帰れたあかつきには、この公約で国政に打って出て......!」
......と、そこまでヒートアップした俺は、ふとダクネスの姿に気が付いた。
確かに裸ではあるものの、その上にはビキニの様な水着を着ている。
その上に大きめのタオルを巻いて、手には背中洗い用のタオルを握っていた。
俺の視線に気が付いたのか、ダクネスは耳まで真っ赤にしながら恥ずかしそうな表情を浮かべ、蚊の鳴くような小さな声で。
「......背中を、流してやろうと思って............」
6
薄暗い風呂場に響く湿った音。
「う......く......っ!」
「カズマ......」
それが、いつもの緩やかな日常とは違った空気を作り出す。
「ダ、ダクネス......。次は、もっとこっちを......」
「わ、分かった......だがカズマ、その......」
先ほどから頰を赤く染め、言い辛そうにしているダクネスも、いつもとは違う日常に戸惑っているのだろう。
「はあはあ......。ダクネス、俺、も、もう......!」
「カズマ、私はもうダメだ、これ以上は耐えられない......!」
そんな切ない声を上げ、ダクネスはとうとう──
「なぜお前は、背中を洗われただけでいちいち声を出すんだ! なんだか卑猥な行為をしている様に聞こえるではないか!」
ワシワシと背中を擦っていたタオルを、俺の後頭部に投げつけてきた。
俺は投げつけられたタオルを手に取ると、自分で体の前を擦り出す。
「そんな事言ったってしょうがないだろ、以前お前に背中を流してもらった時は、これは夢だって思ってジックリ味わう気もなかったし」
今思えばあの時は惜しい事をした。
どうせいつでも見れる夢だと考え、それよりも早く続きをと急かしてしまった。
「アレが夢だと思っていたというのが恐ろしいな。つまりお前は夢の中ならああも堂々と私に好き放題にやらせるという事か」
俺の背中にお湯をかけ、泡を洗い流しながらダクネスが溢す。
「当たり前じゃん、俺の夢の中なんだし。知ってるか? 夢の中ならどんな卑猥な夢を見ようが肖像権も条例も関係ないって、俺が尊敬する女の人が言ってたぞ」
「どこの誰だ、お前にそんなバカな事を吹き込んだのは!」
ダクネスが怒りと共に、俺の頭にお湯をかける。
「まったく、お前の交友関係は前々から気になっていたんだ。尊敬する女の人とは誰だ。そんな友人がいただなんて初耳だぞ?」
「人としての器も魅力も、全てがお前よりも上の優しい人だよ」
「男女で二人きりのこんな時ぐらいそうハッキリ言うものではないぞ!」
あの人をダクネスと比べるだなんておこがましい。
あの人とはもちろん、日夜、アクセルの街で一人寂しい想いをしている冒険者達を一夜限りの夢で癒す、街の犯罪発生率の低下にも貢献している、素晴らしいサキュバスさんの事だ。
「ところで、なぜいきなりこんなサービスを始めたんだ? まさかお前までアクアみたいに小遣い欲しいとか言い出すのか? 俺は今後このサービスを受けるためには、一回いくら払えばいいんだ」
「人がそれなりの覚悟を決めて行っている行為をサービスとか言うんじゃない。これはシルフィーナを助けてくれた礼の一つだ。めぐみんやアクア、それにバニルやウィズや冒険者達と、彼らには既に礼を言ったものの、カズマにはまだきちんと言えていなかったから......」
ダクネスはそう言って、赤くなった顔と自らの頭を冷やすかの様に、足下の桶で水を被った。
「冷たい! お前、水被るんなら離れてやれよ! 俺はドMなお前と違って、熱いのも冷たいのも嫌いなんだよ!」
「私だって年がら年中その様な行為に耽っているわけではないぞ! 毎度お前が人を困惑させる様な事を言うから!」
ダクネスは言いながら、恥ずかしそうに顔を俯かせ、俺の前方へと回り込んだ。
「お、おい、お前マジか。礼って、どこまでやるつもりなんだよ。追加料金とか払わなくても大丈夫なのか?」
「もうお前は黙っていろ! ああもう、しっかりタオルを巻いておけよ? いいか、これはアクアの様な前振りじゃないからな? 体の前面も洗ってやるから動くなよ!?」
俺の体から目を背けながら、ダクネスがワシワシと胸板を洗い出した。
「分かってる分かってる、俺だって長い付き合いなんだ、実はお前が満更でもない事はちゃんと」
「分かってない、お前は全然分かってない! いいからそのままジッとしていろ!」
ツッコミが追いつかないのか、ダクネスは荒い息を吐きながら俺の体にお湯をかける。
「はあ......。緊張してやってきたのに、自分が本当にバカみたいだ......。こら、動くなと言うのに! 私に見せびらかしたくてワザとやっているのか!?」
意味深な事を言うダクネスに、俺はふと。
「まさかお前、これで終わりだとか言うんじゃないだろうな。そんな恰好でここまでしといて、妙齢の男女が背中流して終わりだと?」
「ッ!? いやでも、お前にはめぐみんが......」
困惑の表情を浮かべオロオロするダクネスに、
「そうだよ! 俺には良い感じになっためぐみんがいるよ! でもさ、お前はそれでいいのか? 本当にそれでいいのかよ! こないだは俺に言ったよな、『......ああ、やはり私は、お前の事が自分で考えていた以上に好きなようだ......』ってさ!」
「い、言った......。それは言ったが、でも......」
「俺はあの時嬉しかった」
俺がキッパリ告げたその言葉に、ダクネスが息を吞む。
「そ、それは......」
「俺はあの時、嬉しかったんだよ。お前にあんな事を言ってもらえて。そりゃあ一度はお前を振った。でも男ってのは面倒臭いもんでさ。一回断っただけでアッサリ諦められると、それはそれで切なくなるんだ。でもそれは女だって同じだろ?」
ダクネスがゴクリと唾を吞む。
「つ、つまりお前は、めぐみんではなく私を......?」
「あっ、それはない。俺は筋はちゃんと通す男だ。一度あんな関係になった以上、手の平返して別の女に走るなんて事や二股掛けるなんてのはない。俺は誠実である事を目標にしているからな」
俺の言葉にダクネスがはあ? と言いながら目を見開き。
「いやでもえっと、お前はめぐみんを選んで、でもこの流れだといけない関係になるというか、しかしそれは......?」
困惑の表情を浮かべながら酷く混乱するダクネスに、
「お前にはこの話は難しかったか。つまりこう言ってやろう。俺は誠実な男でありたい。でも、俺を慕い、好きで好きでしょうがないというお前の気持ちも少しは分かる」
「別に、好きで好きでとそこまで熱烈に言っているわけでも......。いえ、何でもないです......」
余計な口を挟むダクネスを視線だけで黙らせると。
「つまりだ。俺は浮気はいけない事として抵抗はする。断固として抵抗はするが、レベル差もありステータス的にも負けている俺が、エロいお前に悪戯される分には逆らえない。でも俺は仲間想いのカズマさんでもあるからな、たとえ何をされたとしても、それでお前の事を嫌ったりは......」
「おおお、お前はなんてヤツだ! 世間でいうところのカスマだのクズマだのは生温かった! よりにもよって、なぜめぐみんはこんな男を!」
俺の言葉を遮って突如激昂しだしたダクネスに、
「うう、うるせー! お前だってそんな男の事を好きだとか言ってんじゃん! 大体さあ、こんなちょいちょいエロい事ばっかされてたら、健全な男なら誰だって抵抗できないもんなんだよ! むしろここまで一線を越えなかった事を褒めてくれよ!」
「誰が褒めるか、アホらしい! もういい、私がバカだった! 気分が悪い、もう上がるぞ! お前はそこで一人で処理してろ!」
お嬢様のクセに処理だとか、今とんでもない事口走りやがった!
「おっ、ここに来て帰るんですか、まだ前の方を洗い終わってもいないクセに、お礼とやらは一体どこへ行ったんですかねえ! 日頃俺の事をヘタレヘタレ言うのに、お前の方がよっぽどヘタレじゃん! 何がダスティネス家は屈しないだ、そういうカッコいいセリフはもう吐くなよ! 分かったか!」
それを聞いたダクネスの眉が、キリキリと吊り上がっていく。
「いいだろう、やってやるとも、ただし体を洗うだけだ! それ以上の事はしないからな、そんな挑発に乗せられるほど私はチョロい女ではない!」
「そんなのいいからさっさとしろよ、やれる覚悟があるんならな! アクアは今頃高いつまみを貪って酔い潰れてるだろうし、めぐみんは紅魔の里だ! つまり誰にも止められない! 今までみたいに都合よく邪魔が入ると思うなよ!」
ダクネスは怒った様に荒々しくタオルを手に取り擦り始める。
「おい、痛いぞ! 一応礼のつもりだってのならもっと優しく!」
「いちいちうるさい男だな、こんなものはとっとと終わらせてやる!」
怒っているのは照れ隠しも入っているのか、顔が真っ赤になったダクネスは、視線が先ほどからある場所へと釘付けに──
「お前、それはどうにかならんのか! 持ち上がったタオルが気になって仕方がないのだが!」
「これはただの手品だよ、さっきカエルを倒したろ。レベルが上がって手品スキルを覚えたんだよ」
「宴会芸スキルじゃあるまいし、こんな下らないスキルはない! 本当に、なんてヤツなんだお前という男は......。やはり貴様の様なのは、純粋で真っ直ぐなめぐみんには相応しくない。とっとと別れろ!」
コイツなんて事言いやがる!
「残念でした、めぐみんは俺にべた惚れなんですう! お前の言う事なんて誰が聞くか、俺はめぐみんに甘やかしてもらうんだからな!」
「いっそ清々しいほどのクズ男め!......そうか、分かった。なるほど、最初からこうすれば良かったのだ」
ダクネスは、なぜか吹っ切れたような笑みを浮かべると、
「既成事実を作ってめぐみんに告げ口してやる。お前がいかにダメなヤツで、誘惑に弱い男なのか。それをしっかりと告げ、お前に愛想を尽かさせてやる。徐々にお前の事を嫌いになるなら、めぐみんを傷付ける事もあるまい。そして私に流される事のない男なら、めぐみんに相応しいと認めてやろう!」
そう言って、突然覆いかぶさってきた!
こいつ、なんて悪辣な事を......!
「お、俺にはめぐみんが......! お前の思い通りにはさせないからな! くっ、その手を放せ!」
「そう言いながらもスキルも使わなければ大した抵抗もしないではないか! 本当は少し期待しているのだろう? さあ、これから先は私も未知の......!」
と、盛り上がったダクネスが、悪役みたいなセリフを吐いた、その時だった。
「未知の、なんですか?」
それはどこか冷え切った、もう聞き慣れためぐみんの声。
全裸に近い状態でほぼ抱き合う形になっていた俺とダクネスが、そちらの方を見てみれば......。
目を紅く輝かせ、どこか呆れ顔のめぐみんが、ガラス戸を開け立っていた。
俺はダクネスが何かを言う前に、
「助けてくれ! この女が風呂に勝手に入ってきて俺を襲おうと!」
「おお、お前というヤツは! やっぱりどうしようもない最低男だ!」
めぐみんへと叫びをあげた。
1
「で、その時ダクネスが言ったんだ。『......ああ、やはり私は、お前の事が自分で考えていた以上に好きなようだ......』ってな」
「きゃー!」
「そ、それで? それで!? カズマくんはそれで何て答えたの!?」
「それにはこう答えたのさ。『俺には既にめぐみんがいる。だから、俺の事は諦めてくれ......』ってな」
「きゃああああああ!」
「ちょっとおおおおおお! あんためぐみんとデキてたの!? ひょっとしてカズマくんって結構モテるの!?」
シルフィーナの回復祝いの宴会以降、俺は暇を持て余しては冒険者ギルドに遊びに来て、こうして顔見知りの冒険者達に最近のモテ具合を自慢していた。
「まあ当然といえば当然だ。なんせ数多の強敵を倒し、今や新聞で特集記事まで組まれるカズマさんだからな! ほら、この朝刊を読んでみろ!」
話を聞きに来た二人の女冒険者を前に、俺は手にしていた新聞を見せびらかしてふんぞり返る。
目立たない様に謙虚に生きる?
強敵と戦ってきたのは事実だし、少しはチヤホヤされたっていいはずだ。
と、俺の名前が載っていた新聞を見た二人が揃って微妙な顔をする。
「......ねえ、それって王都で発行してる新聞よね?」
「なんでカズマくんがそんなもんに載ってるの?」
すごーいとか言われるかと思えば、なぜか静まり返る二人の冒険者。
「どうした二人とも微妙な顔して。アレか、俺が有名人になって遠い所に行っちゃったみたいに感じてんのか? 心配しなくてもこの街を離れたりはしないよ。俺とお前らの仲じゃん、これからも気軽にカズマさんって呼んでくれれば......」
「いや、それはどうでもいいんだけどね」
「うん、そっちは凄くどうでもいい」
おっといきなりの全否定ですね。
「じゃあ何だよ。俺が新聞に載って羨ましいのか?」
二人は顔を見合わせると。
「あんた、有名どころの冒険者に狙われるわよ?」
そんな、また厄介事の種になる様な事を言ってきた。
「──とまあ、知り合いの冒険者にそんな事言われたんだけど大丈夫だよな? 別に襲われたりしないよな? っていうか、いきなり襲うとか犯罪だもんな?」
俺の屋敷の広間にて。
新聞の切り抜きを手にしたダクネスが、わなわなと震えていた。
こいつの実家の権力を背景に新聞社に圧力かけた事を気にしているらしい。
「おお、お前......! また私の家の威光を使って、そんなくだらない事をしていたのか......! おいめぐみん、どこへ行く! カズマと共に説教だ!」
ちょむすけを抱いためぐみんが、そそくさと二階に逃げようとするのをダクネスが咎める中、アクアが新聞の切り抜きを見てくいくいと袖を引いてくる。
「カズマさんカズマさん、この切り抜き私にちょうだい。ほら、ここんとこ見なさいな、青髪の美人アークプリーストって書いてあるわ」
「やだよ、俺だって自分の特集記事は残しておきたいもん。俺の紹介欄なんて最強の最弱職だぜ? 中二心をくすぐるだろ。それよりダクネス、大丈夫なんだよな? この街は治安いいもんな、物騒な事言う冒険者がいたらお巡りさんがすぐさま飛んでくるよな?」
めぐみんを捕まえたダクネスが深々と息を吐く。
「冒険者同士の決闘は冒険者ギルドが認めている。昔、お前と魔剣使いの男が勝負を行った事もあっただろう?......まあその、万が一の事があってもアクアがいるから......」
「ポックリ逝っても大丈夫ってか、ふざけんなコラ!」
変なとこだけ細かい法があるクセに、この国はなんでこういう肝心な事は大雑把なんだよ!
と、ダクネスに襟首を摑まれためぐみんが、ふっと人を安心させる様に笑みを浮かべた。
「なに、心配いりませんよカズマ。どこぞの冒険者が挑戦してきても、この私が撃退してあげます。だから安心して自慢するといいですよ」
「めぐみんはあまりこの男を甘やかすな! 前々から思っていたが、ここ最近は特に過保護が酷いぞ! 一体何があったんだ!」
激昂するダクネスに、めぐみんが眼を紅く輝かせて振り返る。
「何があった、ですか? それをダクネスが聞くのですか?」
「えっ」
めぐみんの突然の強気な態度にダクネスが僅かに怯み、思わず摑んでいた襟首から手を放す。
「どこかの娘が! 人が気にかけている男の唇を!! 隙をついてねぶって貪ったのが原因ですよ!」
「ねぶ......、む、貪る!? おいめぐみん、あまりそのような卑猥な言い方は......!」
タジタジと後ずさるダクネスを、下からぐいと見上げながら、
「箱入りのお嬢様だと思ってちゃんと決着を付けさせてあげようと甘い顔をしていれば! 想いを告げるだけでは満足せず、昨夜もそのエロイ体で人の男を誑かして!!」
「べべ、別に誑かしたりは......! おいカズマ、お前もなんとか言ってくれ!」
そんな事より、今の『人の男を』ってところをもう一度聞きたい。
俺は仲間以上恋人未満の間柄から、いつの間にかめぐみんの男にランクアップしていたのか。
と、痴話喧嘩みたいなやり取りを見ていたアクアが突然テーブルをぶっ叩いた。
「カズマさんたら変わったわ。こんなの私が頼りにしてた童貞ニートなんかじゃない! あんたってばいつの間にハーレム系主人公に成り下がったのよ!」
童貞ニートからハーレム系主人公になるのは成り上がったと言うのだ。
「いいかアクア、よーく聞け。男女の間に友情なんてもんは生まれない。たとえ生まれたとしても、それはやがて異性として意識し、気になってしまうものなんだ。身近なところに強くて頼りになって経済的にも余裕があり、将来性もある俺がいたら? そう、こうなるのは最初から分かっていた事さ」
俺はゆったりとソファーに腰掛けたまま、めぐみんの手から逃げて来たちょむすけの背を余裕たっぷりに撫でてやる。
「この人ったらまたおかしな事言い出したわね。でも私は長く一緒にいるけれど、不思議とカズマさんの事がちっとも気にならないんですけど」
「奇遇だな、不思議な事に俺もだよ。お前以外の相手だと、一緒にいるともうちょっとこう、ドキドキするもんなのにな」
............。
俺とアクアは互いに威嚇のポーズを取りながらジリジリと距離を詰める。
「大体なんなんですか、屋敷内でのここ最近のダクネスの恰好は! いかがわしい商売女みたいな薄着をして、そんなにカズマに見せたいのですか? 見せたいのですね? お風呂上がりも、意味もなくやたらとカズマの近くをウロウロしていますもんね!」
俺達の隣では、煽情的な寝間着姿のダクネスが、めぐみんに詰め寄られていた。
言われてみれば、確かにここ最近のダクネスはやけに挑発的な恰好でウロウロしている。
「ししし、してな......! これは、ほら、暑くて!」
「季節はもうじき冬ですよ!」
これはアレか、こないだは俺を諦めるみたいな事言って最後にキスしてきたダクネスだが、昨夜の事といい、コイツなりに誘ってたのか。
「それに、これみよがしにこんな物を見せ付けて! カズマは意志が弱い人なのですから、コソコソと誘惑するのはいただけませんね!」
「誘惑しているわけでは......! 痛たたたた! めぐみん、そんなとこを強く握らないでくれ! 寝間着がめくれて大変な事に!」
............。
「隙ありー!」
「ぐはっ!」
思わず隣のダクネスの様子に気を取られていると、アクアが低空のドロップキックを食らわせてきた。
下腹部にアクアの攻撃を受けた俺は崩れ落ちる様にうずくまる。
「ハーレムニート討ち取ったり!」
コイツぶっ殺してやる!
あまりの痛みに俺が声を出せないでいると、ふと、うずくまる俺の傍にいたちょむすけが、顔を上げた。
そのままジッと一定の方角──、屋敷の窓からジッと外を見たまま動かなくなる。
「この子一体どうしたのかしら。外に出たいのなら、いつもなら窓カリカリして開けろって訴えてくるのに動かないわね」
「いたた......。見えちゃいけない何かが見えてるんじゃないのか? ゴーストでもいるとか?」
俺が痛みから復活し立ち上がると、アクアはといえば窓際にてくてくと歩いて行き、外を見るなり声を上げた。
「あーっ! ちょっと、街に野良ゴーストがうようよいるじゃない! 共同墓地はちゃんと定期的に除霊してるのに、なんで街中に来てるのよ!」
その言葉に、俺だけではなく喧嘩していためぐみん達までもがアクアを見る。
「......ちょっと、霊が集まってきたら何でもかんでも私のせいにするのはやめてちょうだい。今回は何の関係もないはずよ! だってこのゴースト、野生のゴーストじゃなくて召喚された子達っぽいもの!」
......ゴーストを召喚?
そんな事が出来るのはレアな上級職であるネクロマンサーか、アンデッドの王であるリッチーぐらいのものだ。
現在この街にネクロマンサーは存在しない。
となると──
アクアは俺と視線を合わせると、分かっているとばかりに一つ頷き。
「お店に遊びに行くとお茶やお菓子をくれるから見逃してたけど、とうとうリッチーの本性を現したようね! 今日はもうお風呂に入ってパジャマに着替えちゃって出掛けたくないから、明日の朝に折檻してあげるわ!」
今行けよ。
2
翌朝。
ここ最近、魚が欲しいとのたまうアクアのわがままで、湖での爆裂魔法が日課となっていためぐみんだったが、おんぶ係にダクネスを連れ、朝早くから出掛けて行った。
いい加減、湖にばかり魔法を撃つのは飽きたらしい。
そんなわけで、俺はアクアと共にウィズの店へとやってきていた。
「頼もう!」
やたらとテンションの高いアクアが、バンと音を立ててドアを開け、殴り込みの様相を呈しながら店に入る。
「......朝から騒がしいはぐれ女め。一体この店に何の用だ? 我輩は今忙しいのだ。くだらない用なら後にしてもらおう」
アクアが店に押し入ると、そこにはバニルが待ち構えていた。
「ゴースト管理が不行き届きなウィズを叱りに来たんだけど、あの子ったらどこにいるのよ。っていうか、そのはぐれ女って呼び名は何? 孤高で気高いアクアさんって意味なら、あんたの残機がゼロになった時、次に生まれ変わるのは悪魔ではなくせめてゾウリムシになりますように、って祈ってあげてもいいわよ」
「はぐれ女というのは大変チョロいハーレム小僧にすら相手にされない、ハズレ女という意味だ。......こ、こらっ、我輩に攻撃を加える程度ならいつでも受けて立つが、店の商品を水に変えようとするのはやめろというに!」
早速喧嘩を始めた二人だが、肝心のウィズがいない。
「なあバニル、ウィズは一体どこ行ったんだ? ちょっと用があるんだけど」
「あの放蕩店主なら昨日の夕方頃にどこかへ出掛けたきり帰って来ぬわ。アレで男っ気が一切無かったからな。どこぞの男と朝帰りとは良い傾向やもしれぬ」
「ちょっと噓でしょ!? あの子ったら大人しそうな顔してなんて事なの! カズマといい皆といい、色ボケちゃって!」
この場にいないのに誹謗中傷されるウィズに同情していると、突如店内の床が輝いた。
何事かと見ていると、そこに魔法陣が浮かび上がる。
やがて光と共にその上に現れたのは......。
「バニルさん、助けてください!」
現れたのはウィズだった。
テレポートで飛んできたらしい。
「『ターン・アンデッド』ー!」
「ひゃあああああああああー!」
アクアの突然の浄化魔法にウィズが悲鳴を上げて薄くなる。
「お前いきなり何やってんだ! ウィズがえらい事になってんぞ!」
「まあ落ち着きなさいなせっかちニート。今のは日雇いゴーストを放置した事へのみね打ち魔法よ」
魔法でみね打ちってどうなんだ。
「こんな時間に帰ってくるとは、一体どこをほっつき歩いていたのだ尻軽店主め。今朝は早くから仕入れがあると言っておいたであろうが!」
「そうよ、それよ! あんた男っ気ない行き遅れですみたいな顔しておいて、シレっと朝帰りってどういう事よ! お人好しのあんたの事だから悪い男に騙されてるに決まってるわ! 具体的にはカズマさんみたいなのに!」
こいつ、たまには痛い目に遭わせておかないとすぐ調子に乗りやがるな。
アクアをどうしてやろうかと思っていると、ウィズが慌てて両手を振った。
「ま、待ってください二人とも! いきなり浄化されかけた上に、なぜこんな悪しざまに言われてるんですか!?」
二人に責められ涙目のウィズに向けて、俺は疑問を口にする。
「いや、この二人は今は置いといていい。それより一体どうしたんだ? なんか慌ててたみたいだけど」
アクアが言う通りのみね打ちだったのか、若干薄いものの案外平気そうなウィズ。
そのウィズが、自らの体を守る様に抱き締めて。
「ストーカーが現れたんです!」
そんな事を口にした。
「──ほら、あったかいお茶でも飲んで落ち着きなさい。怖い思いをした時には体を温めるのが一番よ」
「あ、ありがとうございます、アクア様......。でもこのお茶、私が飲むと体が痺れてくるのですが......」
薄くなったウィズがお茶を飲んで息を吐く。
「で、一体何があったんだ? ストーカーが出たって事だが」
店内の椅子に腰かけた俺は、落ち着きを取り戻したウィズに改めて尋ねた。
「そうなんです! それは、昨日の夕方の事でした......」
──晩のおかずの惣菜を作る店では、夕方頃になると野菜の切れ端が廃棄される。
そういった店で野菜くずを分けてもらい、ウィズが店へと帰る途中の事だった。
裏路地にあるこの店は、当然ながら人通りが少ない。
そんな人気のない路地で、フードを深く被った男が立ち塞がったのだという。
「真っ黒なローブを着たその人は、フードを深く被ったままこう言ったんです。『俺の名はデューク。お前に会うために遥か遠い地からやって来た者だ......。何年もの間、お前の事を調べ続け、お前の事だけを考え続けた』と......」
おっと、これはガチなヤツですね。
なにせ隣のアクアですらが嫌そうに顔を顰めている。
「そうしてその人は言ったんです。『俺は、ただひたすらに自らを鍛え続けた。それがなぜだか分かるか?』と......。私はもちろん、分かりませんと答えました。すると......!」
よほど怖い目に遭ったのか、ウィズが一拍躊躇して。
「『お前を襲うために決まっているだろう!』そう叫んでローブを脱ぎ捨てようとした時点で、私はその場から逃げました......。後は、店に帰るのが怖かったのでゴーストを呼び出し、ストーカーさんの動きを探ってもらったのですが......」
予想以上にガチなストーカーだった。
夕方の路地裏とはいえ、まさかこの街で犯行に及ぼうとは......。
「なるほど、街にゴーストがウロウロしてたのもそういう理由だったのね。仕方ないわね、呼び出したゴースト達は後で元いたところに還してあげるのよ?」
「犬猫じゃあるまいし、ちゃんとお前が天に還してやれよ。で、そのストーカーが店の傍から離れなくて今まで帰って来られなかったって事か」
俺が話をまとめると、だがウィズは首を振り。
「いえ、それが分からないんです。街中にゴーストを放ったのですが、ちっとも連絡が取れず......。それどころか、ゴーストの多くがその方に浄化されてしまったみたいで......」
ゴーストを浄化出来るガチもんのストーカー......。
「犯人はアクシズ教徒か」
「うむ、我輩の見通す目を使う必要すらないな」
「ちょっとあんた達待ちなさいよ、ウチの子達に冤罪を擦り付けないで!」
俺とバニルの推論にアクアが文句を付ける中、ウィズがおずおずと。
「あの......。それで、何か対策をお願いしてもいいですか......?」
そうだった、今はウィズが大変なのだ。
「でも、黒ローブのストーカーが今どこにいるのかも分からないんでしょ? ちょっとあんた、日頃偉そうな事言ってるんだからこういう時こそ力を使って探りなさいよ」
「貴様に言われるまでもなく、先ほどから見通す力を使っているのだが居場所までは見えぬのだ。その者は、ただの変態ではないやもしれぬ。我輩の見通す力を遮断出来る強者の可能性があるな」
強者の変態とかヤバいレベルが格段に上昇した。
何事かを考え込んでいたバニルが突然ポンと手を打った。
「行き遅れ店主よ、ここは逆に考えるのだ。汝をここまで想ってくれる物好きなどそうはおらぬぞ。相手のスペック次第では妥協しておくのも良いのではないか?」
「い、嫌ですよ、初対面でいきなり襲ってくる人だなんて! あと行き遅れ店主はやめてください!」
このバニルの態度、どっかで見た覚えがある。
アレだ、昔ダクネスを寿退社させようとした俺と被るのだ。
と、その時だった。
「ウィズさんはいらっしゃいますか? 郵便でーす」
「あっ、ご苦労様です!」
店のドアを開け、郵便配達の人が手紙をウィズに手渡した。
この状況で手紙とか、嫌な予感しかしないのだが。
それを受け取ったウィズが中を改めると、案の定ウィズの顔が曇りだす。
「大方ストーカーからの手紙か。それを見通して辿れば、相手の居所が分かるかもしれぬ。調べて、我輩がそやつを襲撃してやろうか?」
一応は同居人を心配しているのか、バニルが珍しく協力的な姿勢を見せる中。
「バニルさん、ありがとうございます。ですが、この件は自分で決着を付けます。この手紙には、明日、街の外の荒野で待つとありました」
ウィズは手紙をギュッと握り締め、決意を秘めた表情で。
「私......。誰かに好意を寄せられたのは初めてですが、真面目に返事をしたいと思います!」
キッパリと宣言した。
「──まあそんなわけで、明日、ウィズは決着を付ける事になった」
その日の夜。
屋敷の広間で夕食を摂りながら、今日あった事を説明する。
それを聞いためぐみんとダクネスは、互いに微妙な顔をした。
「ストーカーですか。私の自称ライバルがそのような気質があるので、ちょっと将来を心配しているのですが......。その手の人というのは追い込まれると自暴自棄になりますよ。切れると、とても怖いのを知ってます」
ゆんゆんの事ですね。
「しかし、よりにもよってこの平和な街にその様な変態が現れるとは......。善良な市民に迷惑をかける不届き者め、恥を知るべきだ!」
丁寧な仕草で皿の上の肉を切り分けながらも、ダクネスが激昂しながらそんな......。
「......お前の口から変態を罵倒する言葉が出たのが驚きなんだが」
「な、なにをっ!」
と、いち早く食事を終えて、膝上に乗せたゼル帝に餌を与えていたアクアが、ふと口にした。
「そういえばウィズは決着を付けるって言ってたけど、あの平和ボケした子が一体どうやって収めるつもりなのかしら。ひょっとして告白を受けちゃうつもりなのかしら。最近はめぐみんやダクネスが色ボケてきちゃってるし、あの子まで彼氏持ちになったら私の遊び相手が減っちゃうんですけど」
「アクア、私は別に色ボケてはいませんよ! 夜這いをしたり、きわどい恰好で挑発ばかりするダクネスとは違い、口づけすらまだの清い身です!」
「ちょっ......!」
清くないダクネスが涙目になる中、俺はふと考える。
基本的にお人好しなウィズの事だ。
強く押されれば断り切れず、せめて最初はお友達からとか言われれば、そのままオッケーしてしまいそうだ。
ぶっちゃけ、友達になろうと誘えば簡単に付いて行きそうなゆんゆん並みに隙が多い。
このままウィズを一人で行かせてもいいのだろうか?
モテ期到来中の俺に好意を抱き、やがてウィズがハーレム要員に加わらないとも限らない。
......いいや違う!
違うだろう佐藤和真、ハーレム作ってどうする、一度はダクネスを振った身だろうが。
しかし、それはそれ、これはこれ。
仲の良い女友達であるウィズが、どこの馬の骨とも知れぬ輩にホイホイ付いて行くのは面白くない。
となれば──!
「ねえカズマさん。悪い顔してどうしたの?」
「友を守る漢の顔と言ってくれ」
3
翌朝。
店の前で張っていた俺は、ウィズの服装に目を見張る。
今日のウィズは、落ち着いた大人の女性スタイルだ。
野暮ったいローブかエプロン姿しか見た事がないせいか、もしくは俺の周りは子供っぽいのしかいないせいか、実に新鮮である。
「おいカズマ、鼻の下を伸ばしてる場合か。早く潜伏スキルを使ってくれ」
ダクネスの言葉でハッと我に返った俺は、慌ててスキルを発動させた。
気配を消した俺達は、街の外に向かうウィズの後ろをコソコソと付いていく。
「ねえカズマ、私なんだかストーカーの気分なんですけど。ウィズの問題を解決しても、私達が第二第三のストーカーになるんじゃないかしら」
「おい、滅多な事を言うな。これはストーキングじゃない、友人が危ない目に遭わないか遠くから監視しているだけだ」
「それをストーキングと言うのですよ」
アクアやめぐみんのツッコミに答える事なく、俺は追跡を継続させた。
やがて、昨日ウィズが言っていたように、街の外へと向かうとだだっ広い荒野の真ん中に黒い人影が立っていた。
そいつの周りには姿を隠してくれる障害物が無い。
これ以上近付けばウィズとストーカーに気付かれる恐れがある。
とはいえ、この距離では二人の会話が聞こえない。
俺は千里眼スキルと読唇術スキルを発動させ、会話を読み取る事にした。
『手紙は読んでもらえたようだな。よく呼び出しに応じてくれた』
『......あんな事を言われた後に呼び出されては、来ないわけにはいきませんから......』
よしよし、この距離でも二人の会話を読み取る事は可能なようだ。
『長かった......。お前の事を探し続け、この街で魔道具店をやっていると聞いた時には耳を疑ったよ。だが、こうして会えたのだ。遥かな遠方の地より、長い時間を掛けてやってきたかいがあったというものだ』
『そ、そんなに遠くから、私に会うためだけにいらっしゃったんですか......』
フードの男の重い言葉に、表情を強張らせたウィズが言葉を返す。
と、二人の会話に集中していると、くいくいと服を引っ張られた。
「カズマさんカズマさん、一人だけ聞いてないで私達にも通訳してよ。二人はなんて言ってるの?」
「読唇術スキルで読み取ってるだけだから、俺の意訳になるが......。どうやらあの男は、ウィズに告るためにそれはもうめっちゃ遠い所からやってきたらしい」
「「「えっ!?」」」
驚く三人をよそに、俺は再びスキルを発動させた。
『ここに呼び出した理由はもう分かっているな? 先日会った際にも伝えた通り......。俺は、お前の事だけを考え続け、ただひたすらにこの身を鍛え続けてきた!』
『い、いきなりそんな事を言われても! それにこんなのは初めてで、どう答えたらいいのか分かりません! それに昼間から、しかも街中でいきなりあんな行為に及ぼうとするのは良くないと思います!』
いきなりの熱烈アピールにウィズが戸惑い赤くなる。
「おいカズマ、ウィズが赤くなっているが一体何を言われているんだ?」
「お前の事だけを想い続け、お前のためにめっちゃ頑張ったって、俺つええアピールをしてる。強い男はモテると思い込んでいる系だな」
「ほぼ初対面だろうというのに、なんて情熱的な!」
ダクネスが興奮し、顔を赤くする中、男も熱が入ってきたのか、この距離でも僅かに声が聞こえてくる。
『確かに、今思えば街中でのあの行動は早まったな。一応、人目のない路地裏を選んだのだが......』
『人目に付かなければいいというものではありませんよ! ああいう事は、もっとこうお互いをよく知った上で、時間をかけてからですね......』
なんてこった、アイツはただの変態じゃない、とんでもない漢だった。
ダクネスやめぐみんに迫られてもヘタレている俺とは大違いだ。
だが、ああはなりたくないとも思う。
『......なるほど。確かに、こちらだけが一方的に相手の事を知っているというのは卑怯だな。なら、俺も自分の事を話す必要がある、か......』
『そ、そうですよ、だって私、まだあなたの名前しか知りませんし......』
何かを悩みだしたローブの男は、深く被っていたフードを撥ね除けた。
フードの下から現れたのは、女性と間違われてもおかしくないぐらいの、中性的な顔立ちのイケメンだった。
本人としてはここまでの美形が現れるとは予想外だったのか、ウィズの顔がちょっとだけ赤くなる。
『俺の名はデューク。得意とする上級魔法は炎系統だ。氷結系統の魔法を得意とするお前とは、正反対になるな』
『わ、私達の相性が悪い事を隠そうともしないんですね。誠実なのは好感が持てますが......。でも、そんな事まで調べたんですか......』
早速のストーカー発言にやっぱりちょっと引き気味のウィズ。
だがデュークは、その事を誇るかの様に笑い声を上げた。
『当然だ! お前がまだ人間だった頃、氷の魔女と呼ばれていた事も知っている!』
『ま、待ってください! 私が人間じゃない事を知ってるんですか!?』
デュークのまさかの発言に、ウィズはおろか傍観していた俺までギョッとなる。
「ねえカズマ、さっきから通訳が止まってるわよ! ウィズがビックリしてるけど一体なんて言ってるの!?」
焦れたアクアが俺をゆさゆさと揺さぶってくる。
「あいつはウィズがリッチーな事や、得意とする魔法まで知っている。こいつはとんでもない調査力だ、それだけ本気って事だぞ」
「あの者はただのストーカーではないな......! 並々ならぬ変態ではないか!」
「もうウィズを避難させて爆裂魔法でぶっ飛ばしてしまった方が、世のため人のためになる気さえしますよ!」
驚愕する俺達をよそに、デュークの勢いは止まらない。
『お前の事はなんだって知っている! いわば、俺はこの世で最もお前の事を理解している者だと言ってもいい! さあ、俺の事を教えるのだったな! それでは話の続きといこうではないか!』
『ままま、待ってください! そんなグイグイ来られても、心の準備が! つ、つまりあなたは、私がアンデッドであると知ってもなお、怖がりもせず、こうしてやってきたというんですか?』
デュークの激しい攻勢に、ウィズがタジタジとなり後ずさった。
『この俺を愚弄する気かっ! リッチーなど恐るるに足りぬわ!』
『そ、そんな......! そ、そこまで言われると......』
なんてこった、あいつ、ここぞとばかりに漢気を見せやがる!
「おいマズいぞ、ウィズが心を動かされてる! あの野郎、お前がアンデッドでも構わないみたいな事言い出した! リッチーなんて怖くないと!」
それを聞いたダクネスが、わなわなと震え出す。
「本来であれば忌むべきアンデッドの王だというのに、それでもいいとは......! これが真実の愛! ど、どうしようカズマ、私はあの男を応援したくなってしまった......!」
変態同士は惹かれあうのか、ダクネスが妙な理解を示し始める。
「何をバカな事言ってんの! アンデッドでもいいだなんて、神に喧嘩を売る冒瀆的な発言だわ! 確かにウィズはひんやりしてて夏場抱いて寝るには心地いいけど、それでもあの子は動く死体なのよ!? 死体愛好家だなんて、とんでもないド変態ね!」
「ま、まあ確かに動く死体という表現は間違ってはいませんが......。でもアクア、それは本人の前で言っちゃダメですよ、ウィズが泣きますから......」
騒ぐ仲間達をよそに、俺は手に汗握りながら様子を覗う。
『さあ、もういいだろう! 氷の魔女よ、俺と勝負してもらおう!』
『ええっ!? な、なぜそんな話になるんですか!?』
ん?
『なぜだと? 決まっている! お前に俺の力を示し、今の仕事を辞めてもらうためだ!』
『えええええ!?』
なんてこった。
「ねえカズマ、通訳してよ! なんて言ってるの? なんて言ってるの!?」
ゆさゆさと揺さぶってくるアクアに向けて、俺は深刻な声で告げてやる。
「あの野郎、ウィズに勝負を挑みやがった。そんで、あいつが勝ったら今の仕事を辞めろってよ」
その言葉を聞いたダクネスが、殊更衝撃を受けた様だ。
「ウィズの仕事といえば、一つは魔道具店の店主。そして......。確か以前は、不動産屋の店主からアンデッド退治の依頼を請けたり、定期的に共同墓地のゴースト達を天に還すのも仕事にしていたのだったな!」
「好きな人に、危険な仕事はさせたくないという事ですか! ですが、今はもうアクアがその仕事を引き請けて、墓地の管理をしていないという事までは知らなかったみたいですね。でも、つまりこれは......」
そう、これを意訳するのなら......。
『わわ、私に、家庭に入れと......!』
そういう事なのだろう。
お前は俺が守ってやるから、荒事はやめて家庭に入れ、と。
なんて熱い告白だ。
あいつは本物の漢だったのか。
一時の感情で邪魔してやろうと考えていた自分が恥ずかしくなる。
『お前の仕事はこの俺が引き継いでやる! ではいくぞ! この......』
デュークが何かを叫びながら自らのマントに手を掛ける。
そして、それを脱ぎ捨てようとするのと、顔を真っ赤にしたウィズが魔法を唱えるのは同時だった。
「『テレポート』──ッ!」
あまりに情熱的なプロポーズに俺達が呆然と固まる中。
恋愛未経験者にとって、いきなりハードルが高過ぎたのか、これ以上は耐えられなくなったらしいウィズは、テレポートで消え去った──
4
「今日もウィズは帰って来なかったわ。遊びに行くところが減っちゃって暇なんですけど」
ウィズが行方をくらませてから三日が経った。
例の男は未だに街で姿を目撃されている事から、諦める様子はないようだ。
「恋愛未経験者にとって、いきなりのプロポーズはハードル高過ぎたんだろうなあ。恋愛道ってのは難しい。俺ぐらいのモテ夫ですら、未だ極める事が出来てないからな」
「あんた、ちょっと最近モテだしたからって童貞ニートのクセに態度デカいわよ」
アクアがそんな舐めた口を利いてくるが、リア充にジョブチェンジした俺はそんな事ぐらいでは腹も立たない。
「今日は外で食べてくるから、俺の分の夕飯は作らなくていいからな。多分そのままお泊まりしてくるから」
「あんた、たまにこうして外泊してるけど、どこ行ってるの? 飲みに行くのなら私も連れていって欲しいんですけど」
服を着替えて玄関口に立つ俺に、アクアがソワソワしながら期待に満ちた目を向けてくる。
「男友達との飲み会だから連れてけないぞ。小遣いやるから、これでお酒買ってみんなで飲めよ」
「カズマさん素敵! それじゃあ留守番してるわね!」
渡された小遣いを受け取りアクアがはしゃぐ。
飲みに行くのは本当だが、今日は他にも用事がある。
コイツについて来られると、むしろ本来の目的であるそっちの用事が果たせない。
本来の目的とは、まあなんというかアレである。
いくらめぐみんと良い感じになろうがこればかりは仕方がない。
いやむしろ、イザという時にがっつかない様にしておくのは紳士のマナーだ。
俺はアクアに見送られながら、夕方の繁華街へと繰り出していった──
「──おいカズマ、どうしたんだ? さっきからアイツの事見てるけど知り合いか?」
行きつけというほどでもないが、たまに来る程度の居酒屋で、金髪のチンピラ冒険者、ダストが目聡く尋ねてきた。
「いや、知り合いってわけじゃないんだけど......」
普段外泊する際は、サキュバスのお姉さん達が活動する深夜になるまで、こういったお店で男友達と時間を潰すのがいつもの流れ。
なのだが......。
「おう、見ない顔だなイケメンの兄ちゃんよお。俺の名はダスト。この街でちょっとした顔で通ってるもんだ」
「......いきなり何だこの男は。俺に何か用か?」
俺の知り合いじゃないと知ったチンピラが早速男に絡みだす。
「俺が名乗ったんだからお前も名乗れよ。礼儀ってもんを知らねえのか? あ?」
「............俺の名はデューク。もう一度聞くが、何か用か?」
そこにいたのはウィズにプロポーズしたフードの男だった。
ダストを止めようかとも思ったが、確かあのデュークとかいった男は上級魔法まで使えると言っていたはず。
となれば高レベルの冒険者でもあるわけで、俺の助けは必要ないだろう。
このチンピラが痛い目に遭う事に関しては自業自得というやつだ。
「お前、見ない顔だが新入り冒険者か? さっきも言ったが、俺はこの街のちょっとした顔でな。一杯奢っとくと後々何かと助かるぜ?」
「ほう、この俺にたかる気か?......なるほど、人里には出てみるものだ。こんな面白い経験はなかなか出来はしないからな」
デュークはそう言って立ち上がると、強烈なプレッシャーを放ち出した。
そう、仮にもウィズに勝負を挑もうという漢なのだ、飲んだくれのチンピラごときでは相手にならないだろう。
そんなデュークに金髪のチンピラは、片手を突き出し不敵に笑う。
「フッ、合格だ。そうだ、冒険者はそれでいい。俺達の商売は舐められちゃおしまいだからな。新入りにはこうして粉をかけ、反応を見るのさ。素直に金を払う腰抜けは、冒険者には向いてねえから田舎に帰りなと諭してやる。そして、あんたみたいな骨のあるヤツには一杯奢ってやる事にしてるのさ」
「......そうか。なかなか面白い事をしているのだな」
その言葉に、デュークは興味深げな視線を送りながら再び座った。
金髪の負け犬は、店員にデュークの酒を注文するとじゃあなと言い残しその場を去る。
やがて悠然とした態度で俺の下へとやってきて......。
「おいカズマ、なんなんだよアイツは! あんなヤバそうな相手なら最初に言っといてくれよ! 一杯奢るハメになったじゃねーか!」
「お、お前......。それよりアイツ、どのぐらい強そうだった?」
この男は生活態度と性格は終わっているものの、冒険者としての腕だけはこの街でもなかなかのものだ。
デュークの強さを見極めてもらえば、ウィズを安心させてやる事も......。
「あいつはヤバいな。俺が今まで会った中でもとびきりだ。それこそ、大物賞金首や魔王の幹部級じゃないのか?」
「つまり......。俺に匹敵するほどの力を持ってるって事か」
なんてこった、さすがのウィズでもヤバいんじゃないか?
俺は何か言いたそうな顔でジッとこちらを見るダストを置いて、デュークに接近する事にした──
「──やあ、ちょっといいかな? 俺の名は佐藤。この街最強の冒険者と評判の、佐藤和真ってもんだ」
「また変なのが来......。サトウ? サトウカズマだと!? あのサトウカズマか!」
俺の名はそこまで広まっていたのか。
まあ無理もない、今では新聞に取り上げられるまでになったのだ、こういう強者にチェックされるのも仕方ない。
俺は余裕ぶった笑みを浮かべ、
「そう、その佐藤和真だ。数多の大物賞金首や魔王軍の幹部を」
「あの、毎回仲間に指示しているだけで、本人は大した力もないサトウカズマか! コボルトにすら負けるというサトウカズマだな!」
............。
俺がちょっと泣きそうな目で黙り込んでいると、デュークは興味深げに俺を見る。
「なるほど、確かに噂通りのようだ。お前からは雑魚の臭いがプンプンする。次々と魔王軍の幹部達がニート上がりの男の指示の下、次々に討たれたと聞いたがやはり何かの間違いだったか......」
「おっと、これは喧嘩売られてますね」
俺が大人しくフレンドリーに近づいてみればこの野郎、随分と言ってくれやがって!
「......ふむ。俺は、この街にいるある女に勝負を挑みに来たのだが......。そうだな、事が終わったらと思っていたのだが、よく考えたらそれを待つ意味も無い。ここでついでに狩っていくか」
「夕飯の買い出しついでにコレも買ってくかみたいな、そんな手軽に言うなよ。なんだよやる気か? 俺はお前が思ってる以上に強いからな? 伊達に大物ばかりを倒してるわけじゃないからな! あと、俺のバックには大貴族のダスティネス家が控えてるからな、下手に喧嘩を売れば後悔するぞ! 強い知り合いも一杯いるんだからな!」
俺は舐められない様にデュークにしっかりと釘を刺す。
後半部分がちょっとヘタレてきたのは、言ってるうちにデュークの目が細められていくのにビビったわけではない。
「......まあいい。今はお前よりも優先しなくてはならない相手がいるからな。今日のところは見逃してやる」
「お、俺はやる時はやる男だからな! 本気出せば凄いカズマさんで通ってるんだからな! ただ、本気を出すのは明日以降にしといてやる!」
よし、ビシッと言ってやった。
なんだか負け犬の捨て台詞みたいになってしまった気もするが、これで一冒険者として舐められっぱなしではなかったと言い張れるな。
しかし危うく勝負を挑まれるとこだった。
そういえば俺が新聞に載った際、知り合いの冒険者から、有名になると狙われるとか言われていた。
危ないところだった、もう手遅れかもしれないが、これからはもうちょっと自重して生きていこう。
「じゃあ、今日のところはこれぐらいで......」
勘弁してやると言おうとして、ハタと気付いた。
......いやそうじゃない、本来の目的を忘れるところだった。
「なあ、あんたが優先しなくてはならないって言ってるのはウィズの事だろ?」
それを聞いたデュークの反応は早かった。
一体いつの間に抜かれたのか、黒刃のナイフが俺の喉元に突き付けられ、その目は鋭く細められる。
「貴様、なぜそれを知っている? ウィズとどんな関係だ」
「おおおお、落ち着けよ、落ち着いてください! 俺はただの友達です! 友達の俺が死んだらウィズだって悲しむからな!」
突如豹変したデュークに上擦った声で言い募ると、
「......ウィズの事を一体どこまで知っているのかはしらんが、あまりあの女に深入りするのはやめておけ。貴様の様な雑魚が周りをちょろちょろしていていい相手ではない」
デュークはそう言って、そっとナイフをしまい込んだ。
こいつ、ちょっと名前を出しただけで脅してくるとか短気過ぎるだろ、どんだけウィズの事が好きなんだよ。
「あんたがウィズを狙ってるのは知っている。その上で、俺はあんたを応援してるんだ」
「なんだと?」
俺の言葉が意外だったのかデュークは目を見開き固まった。
「......お前はウィズの友人ではなかったのか?」
「友人だからだよ。俺は、ウィズには今の仕事は向いていないと思ってる。そして......」
俺は声を潜めると、
「リッチーだからって、幸せになる権利はあるはずだ。ウィズは引退して、幸せな余生を送ってもいいんじゃないかと思ってな」
「............貴様は、リッチーだと知ってなおウィズと付き合っているのか。これは、お前に対する認識を改めなければならないな」
意味深な事を言いながら、デュークは俺に向けて少しだけ警戒を解いた顔を見せた。
そう、この熱い漢にならウィズを任せられる。
女友達が他の男の下へ嫁に行くのは正直言ってもちろん嫌だ。
だがウィズはあれで結構いい歳のはず。
そろそろ身を固めてもいいと思うのだ。
「お前の言う事はもっともだ。俺もあの女は今の仕事に向いていないと思っていた。氷の魔女と呼ばれた頃ならともかく、今の腑抜けた状態ではな」
「まあ昔のウィズは高名な冒険者だったらしいからなあ。その頃なら、確かにもうちょっとなんとかなったのかもしれないが......」
そう、現役の頃のウィズなら、冒険者側の気持ちに立って、クエストに役立ちそうな適切な商品を仕入れられたのではないだろうか。
しかし、今となってはバニルですらが頭を抱えるポンコツぶりだ。
「でも、ウィズに勝負を挑むのはやめてやれよ。普通に話し合いで今の仕事を辞めてもらえばいいだろ?」
「......? お前は何を言っている、それでは意味がないだろう。あの女の仕事を引き継ぐには、俺の力を示さねばならない」
デュークは、ウィズが未だに除霊などの危険な仕事をしていると思っているからこそ、このように言うのだろう。
確かに除霊の仕事を引き継ぐのであれば、どれだけ強いのかを周囲に見せておく必要はある。
今はもうその仕事はやっていないと言うのは簡単だが、ここまでウィズの身を案じているのに俺が教えてしまうのはどうなんだろう。
それにウィズを家庭に入らせるという事は、魔道具店も盛り立てていくつもりなのかもしれない。
「一つ聞いておくけど、その......。ウィズの仕事を全部引き継ぐって事でいいんだよな?」
「無論だ、あの仕事は俺以上に相応しい者などいない! そして、破綻寸前にまで追い込まれた現状を絶対に打破してみせる!」
こいつ、なんて自信家なんだ。
見通す悪魔のバニルが付いてるのに経営破綻寸前に陥っているあの店を前に、こうも自信満々に経営回復を宣言するとはなんて漢だ。
......ちょっと待てよ?
「おい、そのためには最大の障害があるぞ。バニルだ。あんた、そこまでウィズの事を知ってるのならあいつの事だって知ってるだろ。ウィズから仕事を取り上げるだけならともかく、その後釜に座る気なら、さすがに黙っていないと思うぞ」
そう、バニルの目的はウィズ魔道具店を盛り上げて大金を稼ぎ、専用の巨大ダンジョンを作ってもらう事。
ウィズの嫁入りは喜んで推奨するだろうが、店主に収まるというのには果たして好い顔をするだろうか。
あのひねくれ曲がった大悪魔が大人しくしているわけがない。
「ぐっ、バニル殿か......。確かにあの方は厄介だ。だが、これは俺とウィズの問題だ。たとえバニル殿といえども退くわけにはいかぬ!」
俺はそんなデュークの言葉に、かつてない強烈な衝撃を受けた。
こいつはなんてでっかい漢なんだ。
俺ですらあのチート悪魔を相手にするのだけは絶対嫌だ。
つまり、それほどまでにウィズの事を......。
「そうは言っても、あいつ絶対邪魔してくるぞ。だけど......」
なら、俺も覚悟を決めよう。
俺はデュークと乾杯でもするかのようにジョッキを見せ付け。
「俺は、あんたみたいなヤツは嫌いじゃないよ」
バニル相手ですら退こうとしない、漢の中の漢に笑いかけた。
5
「というわけで、俺はあいつを応援する事にした」
「ちょっと何言ってるのか分かんないんですけど」
翌朝。
朝早くに帰ってきた俺は、皆と朝食を摂りながらデュークの事を報告していた。
「だからな、あのデュークってヤツは頑固だけど、案外漢気溢れるいいヤツなんじゃないかと思ってさ」
このところハーレムだなんだとめぐみんとダクネスの二人にチヤホヤされて浮かれていた俺は、デュークの真っ直ぐな想いに目を覚まされた気分だった。
めぐみんと良い感じになっておきながら、ダクネスにちょっと挑発されれば簡単に流されてしまう。
振り返ってみると、最近の行動は自分でもどうかと思う様な酷いものばかり。
まさに、ウィズのためにすべてを投げ出そうとする覚悟のデュークとは正反対の立ち位置だった。
俺は同じ男として、あの想いを応援してやりたくなってしまったのだ。
その上で、清く誠実なカズマさんの評判を頑張って取り戻そうと思う。
「......まあ、私としてはカズマの周りの女友達が恋人を得てくれるというのは歓迎すべき事なので、好きにしたらいいと思いますが......」
「ふっ、俺を『人の男』とか言っときながら、まだ心配なんてしてるのか。まったく、かわいいやつめ」
「何のつもりか知りませんが、ちょっと気持ち悪いのでそのキャラはやめてください......」
とその時、文字通りの意味でフォークで目玉焼きと格闘していたアクアが、うんうんと一人頷く俺に。
「あんた、ウィズがあんなどこの馬の骨とも分からない男に持ってかれてもいいの? どうせカズマの事だからめぐみんやダクネスだけじゃ飽き足らず、ウィズもゆんゆんもアイリスもエリスもクリスもこめっこも、みんな俺のもんだとか言い出しそうじゃない」
「お前、俺をなんだと思っ......。いや待てよ、最後の一人はおかしいだろ。さすがの俺だって越えちゃいけないラインは把握してるし、何度も言うがロリコンじゃないぞ!」
というか俺に対するロリマさんだのという風評被害は主にこいつが流している気がする。
ここらで一発シメておこうと、俺が席を立とうとしたその時だった。
赤い顔をしたダクネスが、突如バンとテーブルを叩いて立ち上がる。
「見直したぞカズマ! そうだ、あの男の愛はとても尊いものだった! たとえ相手がリッチーでも気にしないと、どこかの誘惑に弱い男とは比べ物にならない一途さで......!」
「おい、誘惑に弱い男って俺の事言ってんのか。誘惑した本人がそれを言うのかよ」
俺の言葉に耳も貸さず、ダクネスは興奮した赤い顔で声高に、
「カズマ、私もお前に協力するぞ! 要はバニルが二人の邪魔をしそうになったら止めればいいのだろう? まずは何をしたらいい? さあ、何でも言ってくれ!」
そう言って、キラキラと期待に満ちた目を向けてきた。
いや、協力はありがたいんだが......。
「二人とも落ち着いてください。まずはお互いの気持ちの確認からでしょう? あんなにグイグイこられたら、私の様に恋愛に精通した大人な女性でもない限り、うろたえてしまいますよ。というか、行方をくらませているウィズを捜さなければ話になりませんし」
「お前いつの間に恋愛に精通した大人になったんだよチビッ子が。大人ってのは俺みたいに、余裕のある男の事を言うんだ」
俺がそう言って鼻で嗤うと、ハムを頰張っためぐみんがゴクリとそれを飲み下し。
「......では今夜辺り、私が大人な女性であるところを見せましょうか? 夜になったら部屋に遊びに行きますね」
まるで、お前のやりたい事はすべて分かっているんだぞとでも言いたそうな顔で、クスリと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「いや、今日はいいよ。別にそういう気分でもないし。昨日本物の漢を見たばかりだからな。俺はしばらく流されないし、お前らの足りない色気にも惑わされない」
「あれっ!?」
めぐみんはよほど自信があったのか、俺の返事を聞いて素っ頓狂な声を出す。
「どうした? 俺がいつでも発情しているお軽い男だとでも思ったのか?」
「い、いえその......。ここ最近良い感じになっていたので、乗ってくるかと思っていたのですが......」
困惑するめぐみんにアクアがそっと耳打ちする。
「今のカズマには何言っても無駄よ。今日は朝帰りしてきたでしょう? あのね、こうして外泊してくるときはね」
「アクア、お前昨日やった小遣いどうした? もう使ったか? 酒は美味かったか?」
余計な事を告げ口しようとするアクアの手を取り、俺は外に連れて行こうと......!
「お酒は美味しかったけど、この手はなに? あっ、まだデザート食べ終わってないのにどこ連れてこうってのよ! やめて! やめて!! ねえめぐみん、ダクネス、この街にはね、実はサキュ」
「よし、今日も小遣いやるからちょっと来い! 大事な話があるからな!!」
1
その日は朝から雨だった。
だがそんなものを気にもせず、アクアが嬉々として庭の畑作業に勤しんでいる。
その隣では傘を差しためぐみんが、何やらアクアに指導をしていた。
「なあカズマ、お前からもあの二人に言ってやってくれ。農作業を舐めてはいけない。毎年マツタケ農家やタケノコ農家が大変な目に遭っているんだぞ」
そんな二人の姿を窓越しに眺めながら、ダクネスが困り顔で訴えてきた。
「俺だって農家が大変な事は知ってるさ。なにせ俺の国でも台風なんかがあると、たまに行方不明者が出たりしたもんだ。でもあいつらは人の話を聞かないんだからしょうがないだろ」
「お前の国でもそうなのか。台風の日は野菜もテンションが上がって興奮するからな......」
台風が来ると用水路や畑が心配になり、様子を見に行って大変な目に遭う農家の話なのだが、互いの常識にちょっとした食い違いがある様だ。
「カズマ、見なさいな! 早速畑に芽が出てるわよ!」
水の女神なだけあってか、雨に打たれながらもテンションの高いアクアが叫ぶ。
「秋刀魚の目も出てますよ。ちょっとグロテスクですが、今の内に見ておくといいです」
めぐみんまでもがそんな事を......。
「なあダクネス、スイカが海で穫れたり秋刀魚が畑で獲れたりする事に違和感とかって覚えたりしない?」
「なぜ違和感を? お前はたまにおかしな事を聞くな」
俺が異世界人とのギャップに久しぶりにカルチャーショックを受けていると、玄関のドアがノックされる。
俺が来客者を出迎えると、そこには慌てた様子の着ぐるみがパタパタと羽を動かしていた。
こいつはなぜここを知ってるんだとか、一体何しに来たんだとかを考える前に、農作業中のアクアが着ぐるみを発見した様だ。
「あーっ!」
「ピギィッ!?」
アクアの大声を聞いた着ぐるみが、鳥の様な鳴き声を上げる。
「あんた、外で会ったら浄化するって言っといたのにいい度胸じゃないの! あのヘンテコ悪魔もいない事だし、ここで天に還してあげるわ!」
「待ってくれ! ここに来たのには訳があるのだ! 実は、バニル様と店主殿が......」
──降りしきる雨の中、魔道具店へやってきた俺達は。
「ウィズ、帰ってきたのか! みんな心配してたん」
「バニルさんのバカ! そういうデリカシーの無いところは昔からちっとも変わっていませんね!」
「このすっとこ店主が、悪魔にデリカシーなど求めるでないわ! フラフラと放蕩していたと思えば色ボケおってからに、嫁に行くならとっとといけばいいではないか!」
ドアを開けるなり、大喧嘩している二人の姿に固まった。
「いいんですか!? 本当に私がお嫁に行っちゃっていいんですか!? 家庭に入れと言われている以上、このお店を辞めなきゃいけなくなるんですよ!? 経営者が替わるんです! 悪魔にとって契約は絶対なんでしょう? 一緒にこのお店を盛り立ててくれるっていう私との契約はどうなるんですか!」
雨の中を帰って来たのか、全体的に湿ったウィズが涙目で食って掛かる。
それと対峙していたバニルはといえば、ご丁寧に作り物の体のこめかみに青筋を浮かべ反論した。
「行き遅れ店主が嫁入りして店主が替わったあかつきには、使える方の新店主と店を盛り立て、ちゃんとダンジョン建設費用を捻出してやる! だから安心して嫁に行くがいいノロケ店主め!」
「きいいいいっ!」
目に涙を浮かべてバニルへと摑みかかるウィズを見ながら、俺は隣にいた着ぐるみに。
「なにこれ」
「バニル様と店主殿が先ほどからずっとこうなのだ。やっと帰ってきたかと思えば、何を尋ねてもどこか上の空の店主殿にバニル様がお怒りになってな。私では二人を止める事がかなわないので、少年に助けを求めたのだ」
そんな事で呼ぶなと言いたかったが、まあウィズが帰ってきたのならそれでいい。
摑み合いを始めた二人の間に眉を吊り上げたアクアが割って入った。
「ちょっとウィズ、あんたどこほっつき歩いてたのよ! みんなに心配かけて、ちゃんとごめんなさいを言いなさい!」
「アクア、今は何だか忙しそうです、話をややこしくしないで私と一緒に隅にいましょう」
空気を読まないアクアを引っ張り、めぐみんが店の隅に連れて行く。
その間にダクネスが、事情を聞くべく口を開いた。
「というか、お前達二人は一体何が原因で喧嘩をしているのだ? ゼーレシルト伯が困っているだろうに」
そんなダクネスに涙目のウィズが縋り付く。
「聞いてくださいダクネスさん! 実はここ数日、世界の最果てにある最も深いと言われる巨大ダンジョンに篭もり、モンスターを狩りながらずっと悩み続けていたんです」
武闘派な引き篭もり方に俺が軽く引く中、ウィズは店の花瓶から花を一本抜き取り、もじもじしながら弄び始めた。
「あの方......。突然現れ、私の全てを受け入れようとしてくれたデュークさんは......。一体なぜ、私の事をあそこまで情熱的に口説くのだろうと......」
おっと、これはノロケですか?
バニルが嫌そうにげんなりするが、ウィズはそれに気付かず言葉を紡ぐ。
「だって、私はリッチーですよ? なのに、俺はそれでも構わないと、アンデッドになっても美しい、そのままのお前が好きだと言ってくれて......」
「俺、読唇術スキルで遠くから見てたけど、そんなセリフ言ってたかな」
俺のツッコミを軽く流し、ウィズは尚も花をいじりながら、
「それに、会ったばかりだというのにいきなり家庭を持ちたいだなんて......。しかも、可憐なお前に危険な仕事は似合わない、これからは俺がお前を守ってやるから、と......」
「言ってないよね」
デュークはそこまで言ってなかったよね。
「カズマさん、私は今大事な話をしてるんです、お静かにお願いします。......突然プロポーズをされても、私にはバニルさんとの約束もあればお店もあります。ああ、一体どうしたら......」
と、ウィズが横目でチラチラと隣を見ると、視線を受けたバニルが鬱陶しそうに口元を歪め、
「店に帰って来てからというもの、先ほどからずっとこうなのだ。どうしたらも何も、店主を続けるなら留守にしていた分とっとと働け、嫁に行きたいのならそれこそ汝の好きにしろと告げてやると、なぜか突然怒りだしてな......」
「もっと親身になってくれてもいいじゃないですか! 私とバニルさんの仲はそんなものなんですか!? 私達はお互いの願いを叶えるための相棒でしょう!」
相棒というその言葉に、バニルが心底嫌そうな顔で。
「悪魔にとって契約は絶対であるのだが......。この我輩でも、最近の汝のポンコツ具合にいささか心が折れそうなのだ......。どうにか汝との契約をクーリングオフ出来ないものかと、日夜知恵を巡らせているのだが......」
「させませんよ、契約破棄だなんて! いくら私でも、ここでバニルさんがいなくなったらお店が無くなっちゃう事ぐらいは分かってます。で、でもほら、世界最大のダンジョンとなると、絶対私にしか作れませんよ? いいんですかバニルさん、難攻不落の最高のダンジョンの奥底で、冒険者を迎え撃つという夢を諦めてしまっても!」
バニルに縋り付きながら必死にウィズが訴えかける。
そんなウィズにアクアが言った。
「それで、ウィズはあの人と付き合うの? それとも好みのタイプじゃなかった?」
それを聞いたウィズはチラチラとバニルを覗いながら、手元の花をいじりだす。
「あの方は見た目的には悪くないと思いますし、愛情深いのも結構なんですが......。ほら、私にはバニルさんの夢を叶えてあげる義務みたいなものがありますから」
「我輩としては店主が汝でなくとも構わぬし、金さえ貯まった時にダンジョンを作ってくれればそれでよいのだが」
「バニルさんはツンデレなんですか!? デレの部分が無さすぎます、もうちょっと私に興味を示してくださいよ! 私達はもう長い付き合いじゃないですか、いいんですか私があの方とくっついて離れて行っても!」
怒りに任せてドレインタッチでも使ってしまったのか、手元の花がシオシオと枯れていく。
「性別の無い我輩にツンデレと言われても困るのだが......。分かった分かった、今度はちょっと気合いを入れて見通してやる。見通す事ができたならよほど酷い相手であれば追い払ってやろう。それでいいか?」
面倒臭そうなバニルを見て、俺はふと、今のままの方がデュークにとってもいいんじゃないかと気付く。
そうだ、最大の難関はデュークに店の経営権を取られるのを嫌がるバニルだと思っていたが、コイツとしては店主が替わろうと構わないらしい。
悪魔らしいドライな考えだとは思うが、最大の障害がいきなりなくなった。
......いや待て、このままコイツがデュークの事を見通して、難癖付けだす恐れもある。
俺がバニルを止めるか止めまいか迷っていると、バニルの目が怪しく光り......。
「ほうほう......。見える、見えるぞ。汝を慕うその男が、この街で貴様の情報収集に勤しんでおるわ」
それを聞いたウィズが満更でもなさそうな顔で口元を軽く緩める。
「......むむ? こ、これは、なんと......! 素晴らしい、素晴らしいぞ! なにやら見通し辛いヤツだと思えばそういう事か!」
「な、なんですかバニルさん、一体何が素晴らしいんですか? ていうかバニルさんがそんなに人を褒めるだなんて珍しいですね!?」
バニルの豹変に訝しむ中、自称見通す大悪魔は嬉々として。
「見通す悪魔が宣言しよう! 汝がその男の想いに応える時。これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受する者が生まれるであろう!」
2
魔道具店からの帰り道。
「しかし、あのバニルがああもアッサリ認めるとはなあ。さすがは俺が見込んだ漢だという事か」
先ほどの事を振り返りながら、誰ともなしに呟いた。
「この男はどうしてそこまであのストーカーに入れ込んでしまったのでしょうか。......まあ、ちょっと目を離せば他の女冒険者と遊んでいたり、お風呂で迫られれば言いわけしながらも流される、どこかの誰かと違って一途なのは認めますが......」
めぐみんが何か言いたげに俺を見る。
「ああ。それにどこかの誰かと違って、添い遂げた相手をよほど大事にしてくれるみたいだしな。ま、まあ、私は浮気性な男もダメ人間の鑑みたいで嫌いではないのだが......」
ダクネスも何か言いたげに俺を見て......。
「なんだよ、風呂での事は悪かったよ! でもちょっとだけ言わせてもらえば、お前らも悪いんだぞ! めぐみんはいつも思わせぶりな態度の割には一線を越えようとしないわ、ダクネスは無駄にエロい体してるくせに、半端に誘惑するだけしといて度胸はないわで......」
「この男、最低な開き直りを始めましたよ!」
「ここ最近のお前は、本当に以前私が理想としていた好みのタイプに近付いていくなあ......」
俺が二人に責められる中、最後尾をトボトボと歩いていたアクアがポツリと言った。
「認めないわ」
その呟きに振り向くと、
「私は、あんなどこの馬の骨とも分からない人なんて認めないわ! だっておかしいもの、相手はあのウィズなのよ? どうしてそこまで惚れ込むの? 絶対悪い事考えているに違いないわ! これはそう、女神の勘よ! あの男はウィズの事を好きなんかじゃないわ!」
突如強情に言い張りだしたアクアの言葉に、
「お前、茶飲み友達がいなくなるのが嫌なんだろ」
「そうだけど! でもなんかこう、ちょっとだけ嫌な予感がするの! うまく言えないんだけど、私の大嫌いな相手が大喜びしそうな結末が待ってそうで......!」
なるほど、分からん。
「そうは言ってもウィズがちょっとだけ乗り気になった今、私達が止めるのも無粋ですよ。彼女の幸せを願うのなら、ここはそっとしておくべきでは......」
めぐみんの言葉にアクアはむうと黙り込む。
──バニルがデュークに太鼓判を押したあの後。
ウィズは酷く悩んだ末、前向きに検討してみると言って仕事に戻った。
となれば、後は当人達同士の問題で、他人である俺達が口を出すべきでもない。
が......。
「......あの男を試すわ」
心の内に堅い決意を秘めた目で、アクアが言った。
「試すってどうやって? 一体何をする気なんだよ」
俺が思わず尋ねると、アクアは自信ありげな表情で。
「あの人が、本当に一途で真面目な漢なのかを確かめるのよ。そう、逆ナンよ。逆ナンをするの」
......はあ?
「お、お前正気か? 恋愛のれの字も知らないクセに、あの漢をなびかせられるとでも本気で思ってるのか?」
というか、あの漢に限らず普通の一般人でも無理だろうに。
「あんたこの私を誰だと思ってるの? 全国一千万のアクシズ教徒を信者に持つ、みんなに人気のアクア様よ? 近所の子供にだって好かれてるし、こないだだってお爺ちゃんにお菓子までもらったもの。私がちょっとこの二人を指導してあげれば、あんな男なんてイチコロよ」
その謎の自信はどこからくるんだ。
......いや待て、この二人の指導?
と、アクアは俺の疑問をよそに、更に自信ありげなドヤ顔で。
「なにせロリっ気がある相手に致命的な威力を発揮するロリキラーと、えっちいのが大好きな相手に猛威を振るうエロネスさんよ? この二人の誘惑にも惑わされる事なく撥ね除けられたなら、私もちゃんと認めてあげるわ!」
「待ってください、ロリキラーとは私の事ですか!? やりませんよ、そんなバカな事! その男の一途さを試すと言いますが、私だって一途をモットーにする女なんです、カズマがいるのに嫌ですよ逆ナンなんて!」
「というか、いい加減エロ担当みたいな言い方はやめてくれ! 私の扱いが日に日に悪くなってる気がする! とはいえ、その酷い扱いがあまり嫌じゃない自分にも、ちょっとだけ腹立たしいのだが......」
アクアは二人の抗議をスルーすると、
「恋愛経験皆無な二人には、この私がちゃんと知恵を伝授するから安心なさい! 見てなさいよ、私の言う事が間違ってなかったって証明してみせるから!」
「やりませんよ? 私は絶対やりませんからね! アクア、聞いてますか!?」
めぐみんにゆさゆさと揺さぶられながら、俺に向けて宣言してきた。
3
場末といってもいい小さな酒場に、場違いな美女が現れた。
妖艶という言葉がよく似合うその美女は、安酒場には不似合いな高級ドレスを身に纏い、独り寡黙に酒を飲むローブの男に近付くと。
「お隣、よろしいでしょうか?」
「......商売女なら必要としてはいないぞ」
精一杯の媚びを湛えた笑顔のままで固まった。
......そう、ローブの男ことデュークに声を掛けたのは、アクアの指示を受けたダクネスである。
(おいアクア、あいつ気合い入れて化粧までして着飾ったのに、商売女呼ばわりされて振られたぞ。......プフッ)
(ちょっと、ダメよカズマ、笑かさないで。私達まで気付かれるでしょう。......くすくす)
俺達の声が届いたのか、ダクネスの顔がみるみる赤くなる。
ここは以前俺がデュークに遭遇したあの酒場。
俺とアクアはそんな二人から距離を取り、万が一ダクネスのナンパがうまくいってしまった際には救助するため、潜伏スキルを使いながら客の一人として紛れ込んでいた。
まずは最初の刺客として、ダクネスを送り込む事になったのだが......。
(あいつ、俺がお前には無理だって言ったときはあれだけムキになって、貴族は男を落とす籠絡術も学んでいるのだって言い張ってたのにくすくす)
(でも、仕方ない、ウィズのためだ。貴族令嬢のオーラというものを見せてやる、って言ってたとこまではカッコ良かったわ!)
ダクネスも最初は散々渋っていた。
それこそ、お前は私が他の男を口説いていても何も思わないのかなどと面倒臭い事まで言い出したのだが、ネトラレという有名なアレを味わってみたくてなと言うと、なぜか酷く共感してくれ、積極的に協力してくれる事となった。
俺の言葉はどうやら変態にとってはとても納得のいく答えだったらしい。
ちなみにめぐみんはといえば、アクアが説得しようとする前にどこかへ逃げた。
デューク達から離れた場所でアクアと二人ヒソヒソと囁き合っていると、本来の目的を思い出したのか、ダクネスの顔が引き締まる。
柔らかな微笑を湛えながら小さくクスリと笑いかけると、
「ご冗談がお上手ですね。私は商売女などではありません。この街で小さな店を営む女店主、ララティーナと申しま......」
「あれっ、ダクネスじゃねーか! おい、こんなとこでドレスなんて着ちゃって何してんだよ。ここはお貴族様が来る店なんかじゃねーぞ? ダスティネス家のお嬢様よお、せっかくここで会ったんだし、ちょっと一杯奢ってくれよ!」
突如として現れた、この店の常連らしい金髪のチンピラに絡まれた。
そういやこいつもこないだこの店にいたなあ。
「......嫌ですわ、どなたかと間違えられているのではありませんか? 私は」
「何言ってんだよララティーナ、俺だよ俺、ダストだよ! 一緒にパーティー組んで冒険もしたし、他にも色々あっただろうが! 忘れたなんて言わせねえぞ!」
そんな二人のやりとりをジッと見つめるデュークに背を向け、しつこく絡むチンピラに、ダクネスがコソッと小銭を渡す。
そのままシッシッと追い払われたダストは、ちょっと不満そうにしながらも小銭を握りその場を離れた。
ダクネスは取り繕うかの様な笑みを浮かべ。
「......以前にどこかで会ったと言い張り声をかけてくる、あの様な方はどこにでもいるのですね」
「ダスティネス家のお嬢様が俺に一体何の様だ?」
これはあかん、もう詰んでる。
俺とアクアはダクネスだけに見える様に、もう諦めて帰ってこいのサインを送った。
だがそれを見てもダクネスは、グッと唇を嚙み締めると。
「ちょっと冗談が過ぎた様ですね。では改めまして自己紹介を。私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。この街を治める領主の娘で、冒険者などもやっておりますわ」
どうやら貴族令嬢としての正体を明かしそのまま続投する気の様だ。
ダクネスはデュークの隣の席に腰掛けると、店主に優雅に微笑んだ。
「こちらの方と私に、この店で一番上等なワインを」
「こんな安居酒屋でワインなんて置いてませんぜダスティネス様」
(ちょっとカズマ、笑っちゃダメよ! ダクネスはお嬢様なんだからこういう店になれてないの! 仕方ないじゃない!)
(だったらなんでお前も半笑いなんだよ、やめろよ、俺まで耐えられなくなるだろ!)
俺達どころか周囲にいた他の客すらも笑いを堪える中、ダクネスは耳まで赤くさせながら、
「その、この店のメニューで一番値段の高いヤツを......」
「キンキンに冷えたクリムゾンビアーの小樽ですね。毎度あり!」
ダクネスの注文を受け、店主がジョッキと共に樽を置く。
あの女はもうダメだ、完全にやる事が裏目に出ている。
「......凄いな、お前はこんなに飲むのか」
「............あなたとの出会いを祝して、この酒場の人達みんなにご馳走しようかと......」
蚊の鳴く様な小さな声で、身を小さくして呟いた。
──面白い物を見れてすっかり満足した俺達は、なし崩し的に宴会と化した酒場から早々に逃げたダクネスと共に、夜の道を帰っていた。
「もう絶対にこんな事はしないからな! おのれデュークめ、貴族令嬢であるこの私に恥をかかせおって!」
ダクネスが真っ白な手袋を外しながら、怒りに任せて握りしめる。
「お前が勝手に自爆したんじゃん、デュークは何もしてないじゃん。......プファー!」
「ちょっとカズマ、せっかくドレスまで着ておめかししたのに笑ったら、ちっとも相手にされなかったダクネスがかわいそうじゃない! ねえダクネス、私はなかなか良かったと思うわよ! 特にあの、あなたとの出会いを祝して......って言って宴会に持ち込んだところ! 私があんな事言われたらとっておきの宴会芸の一つも見せちゃうところね!」
「ああああああっ!」
とうとう両手で顔を覆って声を上げ始めたダクネスは、涙ぐんだ顔を上げ。
「だがあの男、私の誘惑や貴族の肩書きにすらも動じなかったな......。やはり私の見る目は間違っていなかった。誘惑に弱いどこかの誰かとは大違いだ。これは、更に認識を改めなければ......」
深刻そうな声で言うダクネスに、アクアも真顔に戻り言ってくる。
「ねえカズマ、貴族令嬢のオーラというものは見れた?」
「残念ながら俺には見えなかったな。アレが貴族が学ぶ男を落とす籠絡術とやらだそうだが、勉強になったか?」
同じく真剣な顔で返す俺に、ダクネスが手袋を投げつけながら。
「ぶっ殺してやるっ!」
とうとうガチ切れしたダクネスから逃げながら、俺はアクアを非難した。
「バカッ、からかい過ぎだ! マジ切れしてんじゃねーか!」
「わああああああ、あんたが最後に言った一言でダクネスが怒ったんだから、あんたがどうにかしなさいよー!」
「私を怒らせたのは片方ではなく、二人共に決まってるだろう! 逃げると余計酷い事になるぞ! 屋敷に帰る前に折檻されておけ!」
4
翌朝。
朝早くに家に帰ると、畑いじりをするアクアに出くわした。
「よくもノコノコ帰ってきたわね逃げニート。私一人だけダクネスに捕まったせいで、こめかみグリグリされて散々だったんですけど」
ダクネスの切れっぷりが怖かったので、逃走スキルで逃げ切った俺は外泊して帰ってきたのだが。
「俺の事はいいとして、なんか変なのが生えてないか?」
「ちょっとあんた、誤魔化すつもり? 私が身代わりになってダクネスの怒りを鎮めたんだからもっと感謝しなさいよね」
アクアの愚痴を聞き流し、俺は庭にしゃがみ込む。
そこに生えていたのはフィギュアサイズのこぢんまりとした女の子。
「おいおい、本当にマンドラゴラが生えてんじゃねーか。お前、こんな街中で悲鳴上げられたら大変な事になるぞ。マンドラゴラは来年って言ってたろ?」
「種が安く買えちゃったから植えたんだけど、こんなに早く生えるはずないわ。でも、そうするとこの子は何かしら? ていうかどこかで見た様な顔立ちよね。一応、植物型モンスターなんかは成長が早いんだけど......」
アクアのその一言に、俺はハッと気がついた。
「お前これ安楽少女じゃん! なんでこんなところに生えてんだよ!」
「ま、待って! 私は行商人のおじさんから買った種を蒔いただけよ!? 種を買うとき凄く安くしてくれたし、あんなに優しいおじさんがモンスターの種を売るはずがないわ!」
このバカ!
「モンスターの種だから安くして叩き売ったんだろうが、お前はドラゴンの卵と騙されてひよこ買っただけじゃ飽き足らず、今度は役にも立たないモンスター育てようってか!」
「ゼル帝はひよこじゃないって言ってるでしょ! それよりこの子をどうすればいいの? さすがにモンスターなんて育て始めたらまたダクネスに怒られるんですけど!」
俺達は騒ぎ過ぎたのだろう。
「......おはようカズマ。貴様、よくもノコノコと帰ってこられたものだな!」
声のした方を見てみれば、帰ってきた俺を見付けたダクネスが、庭へ出ようとサンダルを履くとこだった。
「カズマ、ダクネスがこっちに来ちゃう! ねえあの子をなんとかして!」
「俺としちゃその安楽少女が見付かって、殺処分されても別に......」
見捨てて逃げようとする俺を、アクアがぽこぽこと叩きながら、
「鬼よ! やっぱりあんたは鬼ニートよ! 宿ったばかりの小さな命にあんたは何とも思わないの!?」
「そういうお前は、その優しさの一部だけでもアンデッドや悪魔に分けてやれよ! ああくそ、こっち来る!」
俺とアクアはこちらに近付いてきたダクネスの視線を遮る様に、安楽少女の前に立つ。
「すまんダクネス、悪かった! 昨日はちょっとからかい過ぎた! この通り謝るから許してくれ!」
「そうよダクネス、昨日の事はもういいじゃない? ほら、私が美味しい朝ご飯を作ってあげるから早く家に戻りましょう!」
それを聞いたダクネスが、いぶかしげな顔をした。
平謝りする俺はともかく、アクアの態度に違和感を覚えたらしい。
そりゃそうだ、普段のこいつであれば、昨夜は自分が怒られたんだからあんたもちゃんと怒られなさいと、積極的に道連れにするはずだ。
案の定ダクネスは、胡散臭い者を見る目を俺に向けると、
「......一体何をやらかした?」
「おい、なんで俺を見るんだよ! 言っとくけど俺が何かやった事なんて数えるほどしかないはずだろ!」
その言葉にダクネスが、俺の隣に視線を向けると、アクアはそれに反発する様に顔を逸らした。
前々から思っていたのだがこいつはごまかすのが下手過ぎる。
「言え! 今度は一体何をしたんだ!」
「どうしてみんなは何か事が起こると私が犯人だって決めつけるの!? いい加減にそうやって最初から決めつけるのは良くないと思うわ!」
アクアは言いながら、ダクネスを遠ざけようとするかの様にグイグイと胸を押す。
「こ、こらっ、なぜ執拗にこの場を離れさせようとするんだ!」
押されたダクネスがアクアを止めようと揉み合うと、ふとその目がアクアの背後へ向けられて......、
「......おい」
「違うの」
まずは否定から入ったアクアが、真顔のダクネスに縋り付く。
「アクア、お前、それは、安楽少じ......」
「違うわ、この子はちょっと成長が早くてかわいく育ったマンドラゴラよ! だって、私はちゃんとマンドラゴラの種を買ったんだもの!」
マンドラゴラと安楽少女の一体どっちが危険なのかは知らないが、ダクネスが思い切り顔を引きつらせると、
「そんな物を植えたのか! というか、それは安楽少女と大差ないではないか! ええいアクア、そこをどけ! せめてもの情けだ、まだ自我を持たないうちに成敗してやる!」
ダクネスが袖をまくり上げ、安楽少女を引っこ抜こうと近付いた。
まあ、こうなるよなあ。
街中でモンスターを飼うわけにもいかないし、当然といえば当然の末路だが、アクアにも悪気はなかったのだろうし、ダクネスが言うように、いっそひと思いに......。
「やめて、もうこの子には名前だって付けちゃったもの! マンドラゴラだと思ったから、デッドスクリーム・ブラッディマリーっていう立派な名前を......」
「お前マンドラゴラでその名前って確信犯じゃねーか大バカ野郎! ちょっとでも同情した俺がバカだった、ダクネス、とっとと引っこ抜いちまえ!」
アクアの頭をグリグリと押さえつけていると、
「おはようございます。今日も朝から賑やかですね。今度は何をやらかしたんですか?」
昨夜逃亡したはずのめぐみんが、なぜか全身を泥だらけにして帰ってきた。
5
風呂上がりのめぐみんが、体をほこほこさせながら飯を頰張る。
「めぐみんってば一体どこまで逃げてたの? まさか夜通しサバイバルするぐらいにあの人をナンパするのが嫌なら、そこまで無理はさせないわよ。だからもう危ないところに行っちゃだめよ?」
「違いますよ、どれだけ野生児なんですか私は。確かに逆ナンが嫌でこの家を脱出したわけですが、泥だらけになって帰って来たのには訳がありまして」
めぐみんは腹が膨れて落ち着いたのか、ほうと息を吐きながら口元を拭う。
「訳ってなんだ? 経験値が詰まってそうなモンスターを見付けて追いかけたとか、子供に名前をバカにされて追いかけたとかか?」
「私を何だと思ってるんですか! 最近では近所の子供達で私の名をバカにする子はいませんよ。軒並み痛い目に遭わせてやりましたからね」
「な、なあめぐみん、子供の親御さんから苦情がきてるからな? その度にいつも私が謝ってるんだぞ? そこら辺をよく覚えておいてくれよ? もうそういう事はやらないだろうな?」
ダクネスが不安そうに尋ねる中、俺は食後のお茶を淹れてやりながら、その訳とやらを促した。
「実は昨夜、家から脱出した私は行く所もなく、誰か知り合いの冒険者を見付けたら集ろうかと、街をウロウロしていたのですが......」
あてもなく街をさまよっていためぐみんは、昨夜に限って仲の良い知り合いに出会えなかった様だ。
そこで、冒険者ギルドに行けばさすがに知ってる連中が誰かいるだろうと向かったのだが......。
「なんか、ゆんゆんが必死になって例の試練を一緒に受けてくれる人を募集していたので、この私が再び力を貸す事にしてあげたのですよ」
「もう落ちが読めたから続きはいいぞ」
俺が説明を遮るも、めぐみんは目をキラキラさせながら、
「まあ聞いてくださいカズマ。私とてちゃんと学習しますとも。前回の試練では第一の試練の謎解きとやらが面倒で、思わず魔法を撃ってしまいました。そこで今回は、私がイラっとしたとしても極力魔法を撃たない様、ゆんゆんに事前に杖を預け、ひたすらその後を付いて行くだけに努めたのです」
「ほう」
この目立ちたがりで前に行きたがりのコイツが成長したもんだ。
「とはいえ前回の試練で失格にされたゆんゆんはともかく、試練所を破壊した私はもう相棒枠への参加は禁止されていました。そこで、昨夜ゆんゆんと二人で相談した結果、せっかくなので誰も見ていない夜の内に試練を受けて、事後承諾させてしまう作戦になりました」
成長したと思ったのは気のせいだったらしい。
めぐみんがやっぱりおかしな事を言い出した。
「暗い森の中を搔き分けて、急造されていた新しい試練所にたどり着いた私達は、今回こそはちゃんと謎解きに挑戦しました。とはいえ、なにせこちらには紅魔族一の天才たるこの私と、その天才のライバルを勝手に自称するゆんゆんがいるのです。謎解きなんて頭を使う分野の試練なら、まあ余裕だと思われました」
「もうなんか嫌な予感しかしない」
俺の予想を裏付ける様に、めぐみんはふと視線を逸らすと。
「よく考えたら、私達二人は学校を卒業してから実地以外を勉強した覚えがまったくなく......。何回挑戦しても試練所の魔道具に不合格にされたので、ゆんゆんに背負わせていた杖を取り上げ、やっぱり試練所を破壊したら......。今回は挑戦した時間帯が夜だったためか、音を聞きつけたモンスターがワラワラと集まってきまして......」
「......一応聞いとくが、紅魔の里の連中に見付かったりしていないだろうな?」
俺がおそるおそる尋ねると、めぐみんはドヤ顔で。
「任せてください。モンスターから逃げ回っている内に里の皆が爆裂魔法の爆音を聞いて駆け付けてきたので、ゆんゆんのテレポートで何食わぬ顔で里に帰って、夜食を頂きまったりしてました! ところが、紅魔族の魔法への知識を舐めていた様で、翌朝にはなぜか私が犯人だとバレており、魔道具の弁償をしてくれと......」
「そうだった、コイツの爆裂魔法が何よりの証拠になるんだった! 何が魔法への知識だ、お前以外にあんなもん使う紅魔族がいてたまるか!」
俺はめぐみんが申し訳なさそうに差し出した請求書を受け取ると、そこに書かれていた額の金を手渡してやった。
「すいませんカズマ、次こそはバレない様に上手くやってみせますからね」
「努力する方向が間違ってるだろ、そもそももうやるんじゃねーよ!」
俺が淹れたお茶を美味そうに飲み干しためぐみんは、
「で、こっちでは一体何があったのですか?」
小首を傾げて尋ねてきた。
6
「ど、どうするんですかコレ」
「どうするも何もないぞ、コイツについてはお前も同罪だ。アクアと一緒に畑作ってたんだしな」
生えたての安楽少女を見てめぐみんがうっと声を上げた。
「いえしかし、まさかモンスターの種が混ざってるとも思いませんし......」
ごにょごにょと言いわけするめぐみんの隣では、アクアがくいくいと俺の服を引っ張りながら、
「ねえカズマ、この子はちゃんと真っ直ぐ育てるから。今までの安楽少女が悪い子に育ったのは、きっと生活環境がよくなかったのよ。清い心の者が愛情持って育てれば、正しい子に育つと思うの」
と、そんな事を言って......。
「アクア、いい加減聞き分けてくれ。安楽少女はモンスター、毎年死者が出ている、とても危険な」
「そうだ、育てるんだ! でかしたアクア! 今日のお前は珍しく賢いぞ!」
アクアを説得するダクネスを遮り、俺は声を張り上げた。
そうだよ、凄い事考えた!
「なになに、カズマさんたらどんな素敵な事を考えたの? さすが困った時はカズマさんね、教えて頂戴!」
嬉々として尋ねてくるアクアに向けて、俺はドヤ顔で説明する。
「よーし、いいかアクア、よく聞けよ? まずはこの安楽少女を庭で育てる。次にこいつをどんどん増やす。でだ、安楽少女ってのは話術で旅人を誑かして安楽死させるモンスターだろ? つまり攻撃力は持たないわけだ。にも拘わらずこいつらはとても高い経験値を持っている。そこでだ、この畑でこいつらをたくさん増やし、いつでも手軽にレベルアップを......」
「あんたに頼った私がバカだったわこのクソニート! カズマさんてば人の心はどこに落として来ちゃったの? さすがの私もドン引きよ!」
いきなり酷い言われ様だ。
「おい待てよ。強い紅魔族がモンスターを動けなくしたところを、弱い紅魔族がトドメを刺してレベルを上げるっていう、養殖とかいうレベルアップ方法があるのを聞いたぞ。最初聞いた時は俺も引いたけど、結局それと同じだろ? お前ら、こないだは散々俺に、レベルアップしに行こうって言ってたじゃん!」
「紅魔族に伝わる養殖は一応強敵相手に危険を冒しながらモンスターを動けなくしています! こんな反則レベルアップと一緒にしないでください!」
「う、うむ、効率は良さそうなのだが、これはさすがに非人道的では......」
おっと、みんな完全にドン引きですね。
安楽少女の持つ生まれながらの極悪性を知ってるから出来る提案なのだが......。
というかこいつらだって、安楽王女に散々トラウマ植え付けられただろうに。
「ねえ。この子の事はとりあえず置いとくとして、今はそれよりも、昨夜ダクネスがナンパしたものの見事に振られたあの男の事よ」
「ア、アクア、あまりそう、振られた振られたというのはやめて欲しいのだが......」
しょぼくれるダクネスをよそに、アクアは鼻息荒く宣言する。
「エロ担当のダクネスになびかなかった以上、次の刺客はロリみんよ。それすらも撥ね除けられたならさすがに私も認めざるを得ないわね」
「何度も言いますが私は絶対嫌ですよ、というかロリみん言うのはやめてください! そんなに言うのなら、勿体ぶってないでアクアがやればいいじゃないですか!」
それを聞いたアクアがポンと手を打ち。
「言われてみればそれもそうね。この美しくも麗しいアクアさんの誘いを断れるのなら、その想いは本物だという事。いいわ、ダクネスじゃあ無理だったけれど、この私がちょっと捻ってあげるわよ!」
「なあ、自分でこんな事を言うのもなんだが、私は女としてアクアには負けてないと思っているのだが! おいアクア、今鼻で嗤ったろう! ちょっと待ってくれ、アクアの中で私はどれだけ低い位置に置かれているんだ!?」
7
その日の夜。
もう何度目かになる例の酒場へとやって来た俺達は、壁際のテーブルで様子を覗う。
「俺は未だにアイツが男を落とそうとするだなんて信じられないんだが。ていうか、一番色恋沙汰とは無縁なヤツだろ」
俺の意見にダクネスが、こくこくと何度も頷きながら。
「だがアクアは外見だけは美しいから分からんぞ。......いやまあ、肝心の中身が女としてアレなのだが......」
「とはいえ、私達はアクアも含め、他の街に行った時にはナンパされた事だってありますからね。この街では不当な悪評が立ってしまって一歩引かれてますが、私達レベルの美女や美少女なら普通はコロリといきますよ。......な、なんですかカズマ、先ほどからの何か言いたそうな半笑いのその顔は!」
俺はめぐみんの抗議を聞き流しながら、目立たない様潜伏スキルで気配を消す。
そしてアクアとデュークの会話を読み取るべく、読唇術スキルを発動させた。
俺達の見ている前で、アクアがフラフラとした千鳥足でデュークの方に歩み寄る。
今日のアクアはいつもの神器である羽衣ではなく、普通の町娘みたいな服装だ。
いきなり奇行に走り出したがアレは一体なんのつもりだろうかと思っていると、いちいちシナらしきものを送っている事から、本人なりに色気のある歩き方のつもりの様だ。
「ねえ、そこはかとなくイケメン臭のするぼっちで飲んでるお兄さん。ウチにいるニートばりに暇を持て余してそうだけど、ちょっといいかしら?」
初対面にもかかわらずいきなり失礼な単語を混ぜながら、アクアがファーストコンタクトを試みる。
俺が早速それらのセリフをめぐみん達に翻訳する中、デュークは面倒臭そうにそちらを向くと、アクアを見てギョッとした。
まあ気持ちは分かる、珍妙な生き物を見た気分なのだろう。
その反応に一体何を勘違いしたのか、アクアは満面の笑みを浮かべると、デュークの隣の席へと腰掛けた。
「あらあら、お姉さんが美しくてびっくりしたのかしら? ふふ、可愛らしい坊やだこと。実はとっても面白い話があるの。どう? 聞く気はない?」
ひょっとして年上のお姉さんを演じているつもりなのだろうか。
アクアが思ういい女というのはどうやらあんな感じらしい。
今のところのセリフといい、怪し気なセールスの女にしか見えないのだが、アレで釣れると思っているのかアイツは。
と、俺はデュークの言葉を読み取っていた自分の目を疑った。
「......ほう、面白い話、か......。なるほど、いいだろう、付き合おう。店主、この女性に俺の奢りで一杯頼む」
おい、正気か?
いや待て、あの漢がなぜあんなよく分からない生物と化したアクアの誘いに......。
「あら、悪いわね。いつもなら私に奢りたがるニートを飼っているのだけれど、あいにく今日はここにいないの」
あの女は家に帰ってきたら泣かしてやろう。
というかアイツは、俺達が傍で監視している事すら、もう忘れているのかもしれない。
と、そんな二人のやり取りを翻訳すると、カタカタという音が鳴る。
隣を見れば、ダクネスとめぐみんが青ざめた顔で震えていた。
「うう、噓だ......。なあカズマ、噓だろう? なぜ私の誘いをアッサリ断ったあの男が、アクアには酒を奢っているんだ......。ああ、わ、私は本当にアクアより色気のない女なのか? 日頃アクアは無邪気で女を感じさせないと思っていたが、男性はああいうのを好むのか......?」
「だだ、ダクネス、落ち着いてください! 今のところはお酒を奢っただけですから! アクアは普段から色んな人に奢られ慣れているのです、別に珍しい事ではありませんよ!」
いつになく動揺する二人をよそに、アクア達の会話が弾む。
「で、面白い話とは?」
「ふふ、せっかちさんね。いいわ、面白い話をしてあげる。これは私の近所に住むスットンさんから聞いたんだけど、野良ネロイドのお尻を指でつつくと、普段より一オクターブ高い声でみゃーと鳴くのよ。知らなかったでしょう?」
「............それは何かの暗号か? それとも俺の知らない言語か何かか?」
真剣な顔で聞き入るデュークだが、この頭の悪い会話を俺が翻訳しなくちゃいけないのか?
「カ、カズマ、二人は一体何を? アクアの話にえらく興味を惹かれている様ですが......!」
「なあカズマ、私は色気だけでなく話術ですらもアクアにボロ負けなのだろうか......。別にアクアを下に見ていたわけではないのだが、なんというか酷くショックだ......」
めぐみん達にコレを通訳するのもアホらしく、俺は会話を読み取る作業に集中する。
「じゃあコレは知ってるかしら? ピンクミュルミュル貝は名前に貝なんて付いてるけれど、実はイソギンチャクの仲間なの。緊急時には貝に擬態させた触手を回転させて、スクリューみたいにして高速で移動するのよ。あら、スクリューって言っても分からないわよね」
ミュルミュル貝ってなんだろう、凄くどうでもいい知識だけが蓄積されていく。
ていうかアイツは意味深な振りしてなんの話だ、アレが女神なりの口説きのテクニックなのだろうか。
「すまない、その単語は聞いた事もない。というか、先ほどからあなたの言っている事が半分ぐらいしか理解出来ないのだが、俺を煙に巻いているわけでも騙そうとしているわけでもなさそうだ。あなたからは邪な気が感じられないからな。人間が噓を吐く時は、どんな小さな噓でも必ず邪気が発生するものだ。その点あなたは、とても清純そうに見える」
「あら、私は噓なんて吐かないわ。でもあなた、なかなか見どころがあるわね。人を見る目、特に、女を見る目は確かだと思うわ」
「人を見る目には自信があるのでな」
その目は多分節穴ですよ。
今すぐにでもツッコミに行きたいが、こりゃ一体どういう事だ。
デュークは神の神聖なオーラとかそういうので判断してるのだろうか。
そこで気をよくしたのか、アクアが本題に入り始めた。
「それにしても勿体ないわね。それだけの見る目を持ちながら、まさか死体愛好者だなんて。聞いたわよ? あなたアンデッドが好きなんでしょう?」
「バカな! この俺がアンデッド好きだと!? ふざけるな、俺はアンデッドと悪魔が大嫌いなのだ!」
............えっ?
「おいどうしたカズマ、アクア達は何を話しているんだ?」
「いきなり顔色が悪いですよ? あの男は何を口走ったんですか?」
いやいや、ちょっと待ってくれ、今のは何かの間違いで......、
「ちょっとあんた、意外と話が分かるじゃないの! そうよね、アンデッドや悪魔は滅ぼすべきよね! 特に悪魔はダメよ、絶対にダメ! あの連中の臭いを嗅ぐだけでなんだかイラっとするんだもの」
「まったくだ! 悪魔という連中は生理的に受け付けないな。なぜあんなものが存在しているのか......。この世界を管理している女神エリスは一体何をやっているのだ」
あれえ、なんか思い切り雲行きが怪しい!
俺が抱いていたイメージがどんどんと......!
「しょうがないわよ、あれでエリスは優秀な先輩女神がいないと何もできない子だからね。もし知り合いとそういった話題にでもなったなら、そんな噂を流しなさいな。ああ、それとついでにもう一つ、とても有益な情報を教えてあげるわ。エリスの胸はパッド入りなの。これはアクシズ教の聖典にも載ってるとても大事な事なのよ。ぜひみんなに教えてあげてね」
「エリスの胸はパッド入り......。はははは、これは大変に有益な事を聞いた! もし再び女神エリスに会う機会があったなら、ぜひその話でからかってやるとしよう!」
「おいカズマ、説明しろ! なんだかめちゃくちゃ意気投合しているぞ!?」
「なんかアクアの表情がかつてないぐらいに楽しそうで生き生きしてますよ? あの二人大丈夫ですか?」
なぜあの二人は、あんなバカな話で盛り上がれるんだ。
「こんなにアンデッドや悪魔話で盛り上がれたのは久しぶりね! 奢ってあげたいとこだけど、残念な事にお小遣いがもうないの」
「何を言うのだ、もちろん支払いは俺が持つ。さあ、飲んでくれ!」
俺はアクアがモテるという事実を半ばぐらい認められないまま。
「カズマ、男の方がアクアのためにバンバン酒を頼みだしたぞ! これじゃ私は惨敗じゃないか!」
「ダクネス、アクアが言う様に私達が子供だったのです。これが現実なのですよ!」
この不条理な光景を、呆然と眺めていた。
「じゃんじゃん飲むわよー!」
1
アクアが朝帰りした。
「あのデュークって人は面白いわね。なかなか楽しませてもらったわ」
そして開口一番に放った言葉がコレである。
「あああ、アクアが、アクアが大人に......!」
「違うぞめぐみん、アクアは実は元から大人の女だったんだ......」
畏怖の眼差しを向ける二人をよそに、俺は昨夜の事を尋ねる事に。
「お前、昨日は何があったんだ? なんか途中から宴会になったから、俺は呆れて帰ったんだけどさ。朝帰りって、お前、まさかだよな......? 大人な関係になったわけじゃないんだよな?」
「今さら何言ってんの? 私は立派な大人の女性よ? 当然大人な遊びをしてくるに決まってるじゃない」
こいつマジかよ!
「お椀の中にサイコロ振って、出た目で勝負するゲームをしたわ。全部負けたけど。あとは、なんかよく分かんないカードゲームもやったわね。全部負けたけど」
こいつマジかよ。
「ちなみにお金なんて持ってなかったから、賭けに負けた分は体で払ってきたわ」
「こいつ、マジかよ!!」
とうとう大声を抑えきれない俺に向け。
「体っていうか頭っていうか、面白情報を教えてあげる事で負けた分のお金を相殺してもらってきたんだけどね」
「お、お前......」
アクアは右手を差し出すと、
「食べられる貝の種類だとか、吸うと甘い蜜を出す花の知識だとかを色々教えてあげたんだけど、それでもまだ足りないの。カズマさん、必要経費って事で負けた分のお金をちょうだい」
「お前さっきから紛らわしい言い方よせよ、本気でビックリするからな」
俺がエリス金貨が入った小さな袋を手渡すと、アクアは嬉々としてそれをしまい込む。
「......それはギャンブルに負けた分の金だからな。それでもうひと勝負だとか、負け分を取り返そうとか思うなよ」
「............あのねカズマ、賭け事には波ってものがあるの。私は既に散々負けたわ。つまりこれ以上負ける要素はないって事。だから安心してちょうだい」
「よし、その金返せ。俺がデュークに払ってくるから」
俺が渡した小袋を取り返そうとアクアと揉み合っていると、
「それでアクア、あのデュークという男はどうだったんですか? 誠実で一途というイメージからは既にかけ離れてしまったのですが」
「そうね、なんていうか本物の女性を見抜く目を持った大人の男って感じだったわ。私ぐらいになると子供みたいなものだけど、お子様なウィズにしたら少々荷が重いかしら。でもまあアンデッドや悪魔嫌いだし、根は悪い人じゃないと思うの」
「いや、アンデッド嫌いというその時点で既におかしな事になってるだろ。これって大丈夫なのか?」
アクアはふんと鼻息を吹き出すと、
「大丈夫、ウィズは確かにアンデッドだけど、あの子は清潔にしてるから腐敗臭だってしないし、そこら辺は小さな事よ!」
「なぜだろうカズマ、私はアクアが評価しだしたおかげで、途端にあの男が胡散臭く思えてきたのだが......」
奇遇だな、俺もだよ。
「とはいえ俺達はどんな男か勝手に調べてみただけだ。それでどうするかはウィズが選ぶべき事だ。それにアクアにナンパされて一緒に酒を飲んだだけだしな。それぐらいなら、知り合いの女冒険者と一緒に飲むぐらいは俺だってよくあるし、別に不誠実だとかだらしない男だとかそんなわけでもないからな」
「不誠実だし、だらしないと思いますが......」
俺が自分に向けられるめぐみんのジト目に怯えていると。
「昨日、実はウィズの知り合いだって言ったら、デュークからウィズへの言伝をもらったの。大丈夫、悪魔嫌いに悪い人はいないわ! さあ、魔道具店に行くわよ!」
やたらテンションの高いアクアが、声高に宣言した。
2
魔道具店のドアを開けると、カウンターにはなぜか着ぐるみが店番していた。
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ー!」
「ピャアアアアアアアアア!」
「毎度毎度ゼーレシルトを浄化するな! 復活させるのにも手間がかかるのだぞ!」
アクアが出会い頭に浄化させると居合わせたバニルが激昂する。
どうやらアクアは着ぐるみを消滅させるのが気に入ったらしい。
「今はそんな事どうだっていいのよ! それよりウィズに言伝を預かっているからあの子を出しなさいな!」
「ウィズなら、店の裏庭で花を相手に語り掛けているぞ。正直見ていて気持ちが悪いのでとっとと決着をつけ、我輩を楽しませてほしいものだ」
着ぐるみを蘇生させながら、バニルは店の裏手を指さした。
アクアが手紙の様な物を握り締めそちらにパタパタと駆けていく。
「なあバニル。お前デュークって男の事を見通してたよな? あの時なんであんなに褒めてたんだ? 当初はなんて漢なんだと思ってたんだけど、アイツ、悪魔やアンデッドが嫌いだとか言い出したんだがどうなってんの?」
「その答えを先に言ってしまっては楽しめないだろう? フハハハハハハ、我輩は噓は言わぬ。我輩が以前見通したとおり、色ボケ店主があの男の想いに応える時。これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受する者が誕生する。それだけは間違いない。悪魔は噓は吐かないのだ、ぜひ楽しみにしておくがいい!」
なぜかウキウキしているバニルだが、それを見て嫌な予感が一気に増した。
アクアが褒めて悪魔が称えるデュークという男。
そこに、なぜか酷い違和感がある。
と、息を吹き返した着ぐるみがムクムクと大きくなる中、めぐみんが興味深そうにそれを眺めて、
「ところで、そのペンギンはなぜ店番を? ここで働くことになったのですか?」
「いや、元から使えなかった色ボケ店主が更に役立たずに磨きがかかってな。それで、見た目には愛嬌のあるゼーレシルトに店番をさせているのだが......。まあ、役立たずになったというのは、見ればわかる」
バニルの言葉の意味が分からず首を傾げる。
「そういえば、まだあなたには名乗っていませんでしたね。......我が名はめぐみん! アクセル一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者! アクアに浄化され過ぎて、中身が無くなったりしない様注意してくださいね」
「これは紅魔族のお嬢さん、私はゼーレシルトだ。多分この店にはちょこちょこ出入りするだろうが、よろしくね」
着ぐるみの小さな手羽先と握手しながら、めぐみんはちょっと嫌そうに顔をしかめ。
「めぐみんです。私を呼ぶのであれば、紅魔族のお嬢さんではなくちゃんと名前で呼んでください。それとも私のカッコいい名前に対し、何か言いたい事でもあるのですか?」
「い、いや、その様な事はないのだが......。我々悪魔族にとって名前というのは大切で、その名を呼ぶのは認めた相手だけと決まっているので......」
名前に関する事には敏感なめぐみんは、着ぐるみに顔を寄せながら、
「でもウチのダクネスの事はダスティネス卿と、ちゃんと名前で呼んでませんでしたか?」
「そ、それはまあ、ダスティネス卿の事は、立派な貴族令嬢として認めているからこそ、ちゃんと名前で呼んでいるので......」
着ぐるみに名前を呼ばれたダクネスが満更でもなさそうにニヤニヤする中、ウィズを連れて帰って来たアクアが、力なく言葉を漏らした。
「ただまー......」
そんなアクアはなぜかちょっと疲れた顔だ。
そして、当のウィズはといえば。
「あら、カズマさんいらっしゃいませ」
なんだか物憂げな、それでいてどこか浮かれた様な不思議な表情を浮かべていた。
「──私、あれから真剣に考えたんです。デュークさんの想いに応えるべきか、それともここで、バニルさんの願いを叶えるために、店を頑張っていくべきか......」
「我輩は何度も言っているが、汝が嫁に行ってくれた方が店の経営はうまくいくのだが」
バニルの言葉を聞き流したウィズは、目の端に涙を浮かべ、悲劇のヒロインみたいに大仰な仕草で嘆いてみせた。
「ああっ、毎日平和にお店を繁盛させていただけなのに、突然こんな事になるなんて。アクア様、私は一体どうすべきでしょう? バニルさんは確かに私を必要としてくれています。ですが......」
「必要なのは汝の魔法で、経営能力ではないのだが」
バニルの言葉をさらに聞き流してみせたウィズは、窓の外の景色を眺め、ガラスにペタリと手を置くと。
「ですが! デュークさんに至っては、私を必要としているのではなく、私じゃないとダメだと。私以外には考えられないと、そこまで言ってくれてるわけで......」
「いや、確かそこまで言ってなかったと思うぞ」
「言ってくれているわけで! どうすべきでしょうかアクア様、私はどちらの道を選ぶべきなのでしょうか......?」
俺のツッコミすらも受け流し、ウィズはどこかぐんなりしたアクアに縋り付いた。
「えっと、あの人はとても良い人っぽいし、多分オススメだと思うんですけど」
「そうですか! アクア様のお眼鏡にも適う様な方でしたか! そんな人が、この私を......」
そう言って、うふふと変な笑みを浮かべるウィズを見ながら、
「なあ、ウィズはどうしちゃったんだ? お前変なもん食わせただろ」
「心外な事を言うな。我輩とて今の店主のあまりの惨状に心配になり、ここ最近は多少マシな物を食わせているのだ。そうしたら......。なぜかあの疾患店主は、我輩がウィズをこの店に引き留めるため、いつもより優しくしだしたと、妙な勘違いを始めてな」
お前もなかなか大変なんだなあ。
「なるほど、それでほっといたらこの有り様になったわけか」
「そういう事だ。今では日がな一日、あのように脳内が花畑と化している。ああしているとおかしな物を仕入れてくる事だけはなくなったので、商売の邪魔にはならないのだが......。我々悪魔にとって精神攻撃というものは、下手な魔法よりも効くのでなあ......」
俺達にそんな事を言われているとも知らず、当のウィズは構って欲しそうな感じでチラチラとバニルを見ている。
悪魔のクセに人間臭く深々とため息を吐きながら、バニルは浮かれた様子のウィズに言った。
「発情店主よ、呼び出しの手紙を受け取ったのだろう? とっとと行ってケリを付けて来い。そしていつも通りの汝に戻り、我輩との契約を果たすがいいわ!」
それを聞いたウィズは。
「......それってつまり、赤字ばかり出すこの私に、店主を続けて欲しいって言ってるんですか?」
「店主を我輩にやらせろと言っても汝は聞こうとはしないだろうに」
バニルが口元を歪めながら嫌そうに溢すが、それは初めての意思表示。
ウィズには、このまま店主を続けて欲しい。
つまりはそういう事なのだろう。
「バニルさんはツンデレですねえ」
「性別のない悪魔にツンデレもクソもあるものか。気持ちの悪い事を言っていないで、いいからとっとと行って来い。我輩は見通す悪魔。汝がどんな決断を下す気なのか、そのぐらいは長い付き合いから力を使わずとも予測が出来る。多少は苦戦するだろうが心配するな。汝ならきっと勝てる。我輩は、今から商品の仕入れに行ってくるが......」
既に、これから何があるのかも、その結果も分かっているのだろう。
自称見通す悪魔こと、ひねくれた地獄の公爵は......。
「それが終わったら、必ず現場に駆け付けよう。我輩は汝を気に入っているのだ、今日はせいぜい楽しませてもらおうか。それで、ここ最近の大赤字はチャラにしてやろう。汝は、かつて人の身でありながらも、この我輩と対等に渡り合った事のある人間だ。それが、今さらあの程度の男に負けるはずがあるまいて。......さあ、行ってくるがいい!!」
そう言って、笑顔のウィズに不敵に笑った。
「はいっ!」
3
ウィズが受け取った手紙には、デュークからの呼び出し場所が書かれていた。
そこは街の外にある共同墓地。
ただ告白をするには、何ともムードの無い場所だと言えよう。
まるで決闘にでも送り出すかの様な先ほどのバニルの言葉に、俺は今さらながらにデュークの言葉を思い出す。
というのも、ここ最近というもの、何だかずっと違和感があるのだ。
パズルがきちっとハマらないというか、ボタンを掛け違えているというか。
デュークはあの時、確かこう言ったのだ。
『さあ、もういいだろう! 氷の魔女よ、俺と勝負してもらおう!』
......思い出せ、もっと続きがあっただろう。
『なぜだと? 決まっている! お前に俺の力を示し、今の仕事を辞めてもらうためだ!』
うん、確かこんな感じのプロポーズだった。
............プロポーズ?
アレ、ちょっと待てよ?
これ本当にプロポーズか?
だが、これを聞いたウィズがうろたえ、確かこんな感じに返したのだ。
『わわ、私に、家庭に入れと......!』
......とは言ってない。
ウィズが勝手にそう受け取っただけで、デュークは一言もそんな事言ってない。
そして、最後はこう締めたはず。
『お前の仕事はこの俺が引き継いでやる! ではいくぞ! この......』
そこでウィズがテレポートし、勝負がうやむやになったのだ。
......あれえ、これやっぱおかしくない!?
──葛藤している間にも、俺達は指定の場所へとゾロゾロ向かう。
「ねえウィズ。私、あのデュークって人にお酒を奢ってもらったわ」
「ええっ!? ど、どういう事ですかアクア様!? あの方は、一途で誠実だと皆さんおっしゃっていたと思うのですが......!」
これはただのプロポーズ。
これはただの告白だ。
「それがね、本当に誠実な人なのか試そうって思ったんだけど。魅力溢れる私のお誘いには抗えなかったみたいで朝まで飲み明かしたの。でも安心して、セクハラみたいな事はされなかったし、それどころか、常日頃カズマさんが発してる様な邪気も感じられなかったわね」
「そ、そうなんですか......。でも私、もう答えは決めてますから大丈夫ですよ、アクア様」
でも、バニルの態度も気になるのだ。
アイツは確かこういった。
『汝がその男の想いに応える時。これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受する者が生まれるであろう!』
......それって、普通に考えればウィズとデュークが幸せになれますよって事だろ?
でも悪魔のあいつが、人が幸せになる様な真っ当な助言をするのだろうか。
「そうなの? 私の魅力に抗えなかったのは仕方がないけど、でもエロいダクネスからの邪な誘いはちゃんと撥ね除けていたわ。そこら辺は誠実ポイントが高いわね」
「そ、そうなのですか......」
「おいアクア、いちいち私を引き合いに出すのはやめてくれないか!」
と、俺が考え込んでいると、めぐみんにトントンと背中を突かれた。
「一体どうしたのですか? 店を出てから、なんだかずっと考え込んでいる様ですが」
「......いや、なんだか凄く嫌な予感がしてさあ......。気のせいだと良いんだけど、場合によっては血の雨が降ってもおかしくないというか」
そんな俺の不安をよそに、めぐみんは考え過ぎだとばかりにクスリと笑う。
「大丈夫ですよ。あのデュークというのがどれだけ強いのかは知りませんが、私達はどんな相手でも倒してきたじゃありませんか。しかも今回は、反則級の力を持つリッチー、ウィズだっているんです。それに......」
めぐみんはそう言うと、俺の不安を打ち消すように微笑を浮かべ。
「それにどんな相手だろうと、私の爆裂魔法で消し飛ばしてカズマを守ってあげますよ。だから安心してください」
「お、おう......」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、俺が抱いている不安はちょっと違うのだ──
4
アクセルの街から少し離れた共同墓地。
思えばここは、俺達が初めてウィズと出会った場所だ。
そう考えてみればムードがあると言えない事も......。
「いや、やっぱねーわ」
「なによ、いきなりどうしたの?」
待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでにデュークの姿が。
古めかしいローブとマントを羽織ったその恰好は、どう見てもこれからプロポーズをしようという姿じゃない。
デュークはウィズと共にやってきた俺達を見ると、驚きで目を見開いた。
「そこにいるサトウカズマはともかくとして、他にも知った顔がいくつかあるな。ダスティネスの娘に......。朝までミュルミュル貝について語り合った友ではないか......」
なんだよミュルミュル貝って。
しかもなんなんだよ友って、知らない間にえらく仲良くなってんじゃねえ。
アクアに対して友好的な視線を向けていたデュークだったが、ふと気を取り直した様にウィズへと向き直る。
ローブ姿のデュークと違い、今日のウィズは先日も着ていたオシャレ服だ。
「俺が言えた義理ではないが、そんな恰好で大丈夫なのか?」
「こういうのに疎くてお恥ずかしいのですが、一応はこれが私の勝負服ですから......」
恥ずかしそうなウィズの言葉に、デュークはふむと一つ頷く。
「それは失礼した。てっきり舐められているのかと思ってな」
「そ、そんな! 私としては、こんな風になったのはあなたが初めてですから......。その、着慣れていなくてすみません......」
ウィズが肩を竦めて少しだけ身を縮こませると、デュークは一瞬だけ驚いた様な表情を見せた。
「なるほど。そこそこの腕の冒険者であれば、多少は舐められ声も掛けられるというものだが......。お前は名前を売り過ぎたんだな。氷の魔女の名を聞けば、並の冒険者では勝負を挑むどころか恐れをなすだろうからな......」
「そ、そうなんです! 本当に、そうなんですよ! 皆さん、私を怖がって......! 私、別にそんなんじゃないのに......!」
「おっ!? そ、そうか......。よく分からないが、お前も色々大変なのだな......」
泣きそうなウィズの反応に、デュークが軽く身を引いた。
バニルから聞いた話だが、ウィズは冒険者時代に活躍し過ぎたせいで、ロクにナンパすらされなかったらしい。
デュークは気を取り直すと、ウィズに不敵に笑いかけた。
「ではそろそろ始めようか。俺達の間にもう言葉は要らないだろう。それとも、以前の様にまた逃げるか?」
そんなデュークに、普段はどこかビクビクしている大人しいイメージのウィズは。
「逃げません。今回は、ちゃんとデュークさんの想いに返事をしたいと思います」
「ほう!」
そう言って両手を前で組み、デュークから目を離さず、真っ直ぐ見つめ。
「私は今の仕事を辞める気はありません。これだけは絶対に譲れません。だって......」
ウィズは小さくはにかむと、
「もう長い付き合いになる、変わり者の友人との、約束ですから」
迷うことなくキッパリ告げた。
それを聞いたデュークは好戦的な笑みを浮かべ、ウィズをジッと見据えると。
「元は氷の魔女と呼ばれ、至高の冒険者パーティーを導いた者よ。今となってはアンデッドに成り下がり、それでもなお魔道の真髄を追い求める者よ。俺の名はデューク。俺もお前と同じく、いつか魔道の真髄を極めんとする者だ。アンデッドの王、リッチーよ! お前に決闘を申し込む!」
声高に、名乗りを上げた──
5
「『インフェルノ』!」
「『フリーズ・ガスト』!」
共同墓地の傍の開けた場所に、灼熱の業火と純白の霧が吹き荒れる。
デュークが放った炎魔法とウィズの氷結魔法がぶつかり合う事で、辺りの土がえらい事になっていた。
所々が白い霜に覆われる中、たまにぐつぐつと大地が煮立っている。
なにこれヤバい、コレが本物の魔法戦──!
「おいアクア。俺は今猛烈に感動している。そうだよこれだよ、コレこそがファンタジーだよ! 野菜が飛んだり畑で秋刀魚が獲れたりモンスターが色目使って罠に嵌めたりするのはファンタジーなんかじゃない! こういった、本物の魔法こそが異世界なんだ!」
「待ってくださいカズマ、その言い方だと爆裂魔法が本物の魔法ではない様に聞こえますよ。いつもあんなショボいのより、もっと凄いのを見ているでしょう」
感動に打ち震える俺に、めぐみんが横から水を差す。
「あんな、強敵だろうがなんだろうがとりあえず一発撃ったもん勝ちみたいなのは、俺が望む魔法戦じゃない。爆裂魔法には風情がない。パワーバランスも駆け引きもなく、当てれば終わりのギャンブルじゃないか」
「なにをっ!」
めぐみんがブチ切れるが、今はそれどころじゃない。
俺の望んでいたファンタジーバトルをこの目に焼き付けておかなければ!
「くっ、さすがは氷の魔女だ! 『クリムゾン・レーザー』ッッッ!」
「『クリスタル・プリズン』! デュークさん、待ってください! お願いです、話し合いましょう!」
デュークが放った紅い熱線が、ウィズの前に現れた氷の塊に当たり光を散らす。
以前紅魔の里に行った時も様々な上級魔法を見たものだが、魔法使い同士が決闘の体で魔法を撃ち合いしのぎを削るというのは、やはり燃えるものがある。
アニメの様な光景が目の前で巻き起こされる中、俺は聞き覚えのある詠唱を耳にし、即座にめぐみんを取り押さえた。
「お前は一体何する気だ! なんで大事なとこでジッとしてられないんだよ!」
「カズマが爆裂魔法よりもあんなへなちょこ魔法の方に興味を示しているからですよ! 他の魔法使いが放つモノを見てカズマが目をキラキラさせている姿を見てると、何だか胸の奥が痛むのです! こないだカズマが、ダクネスの誘いに乗りそうだった時ですら、こんな想いはしなかったのに!」
「お前の嫉妬の基準は一体どこに備わってんだ! アレはあの二人の決闘なんだから、横から邪魔せずちゃんと見とけ!」
爆裂魔法で横から美味しいところをかっさらおうとしたのだろう。
目を輝かせながら魔法の詠唱を始めていためぐみんは俺に捕まり、地面に組み伏せられてジタバタしていた。
デュークとウィズはあちこちを移動しながら、生えている木々を盾にして互いに魔法を撃ち合っている。
いや、これはただ撃ち合うというよりも......。
「なぜまともに攻撃してこない! 貴様は俺を舐めているのか、『ラーヴァ・スワンプ』ッ!」
「『フリーズ』! 『ファイアー・レジスト』! あつつ......ッ! 私は、あなたを倒す気もなければ今の仕事を辞める気もないんです! リッチーは魔法に強いんです、どれだけだって耐え抜いて、あなたに諦めさせてみせますから!」
足下を溶岩の沼と化されたウィズは、フリーズで冷やして一瞬だけ沼を固め、更には耐火の魔法を唱えて脱出する。
ひたすら攻撃魔法を連発するデュークに比べ、ウィズは魔法全般の使い方が上手い。
「なあカズマ、私はクルセイダーとして、あの二人の勝負を止めに入った方がいいのだろうか。見た限りではウィズが決闘に乗り気ではない。どれ、ここは私が......」
「『バインド』! いいからお前もジッとしとけ! ていうか上級魔法のど真ん中に飛び込んでみたいだけだろうが!」
「くっ......! こんな状況でバインドで縛っておあずけだとか、お前は相変わらず琴線を刺激するのが上手いというか......!」
勝負に水を差そうとしたダクネスをバインドを使って縛り上げると、俺はウィズに向けて声を上げた。
「ウィズ、いい加減本気を出せ! でないと相手にも失礼だぞ!」
そして、俺にもっと熱いバトルを見せてくれ!
「このあんぽんたんは何言ってんの!? さっきからめぐみんやダクネスの邪魔してないで、ウィズの援護しなさいよ!」
アクアがそんな事を喚いてくるが、俺の見立てではウィズの方が格上だ。
負ける心配がないとなれば、様々なゲームをやり込んできたゲーマーとしては、この光景を全て目に焼き付けておかなくては......!
「そんな事言われましても! あれだけ情熱的に口説いて来た人と、いきなり戦えと言われても......!」
俺が送った声援に、ウィズは葛藤しながら言葉を返す。
が、その時だった。
今まで焦りの表情を浮かべながら必死に魔法を放っていたデュークは、意を決した様な顔をすると、
「やはり俺を舐めている様だな! なら、そんな余裕を無くしてやるとしようか! こんなのはどうだ? 『サンクチュアリ』!」
そう言って、墓場を包み込むほどの大きさの、聖なる魔法陣を浮かび上がらせた。
「えええっ!? 痛たたたたたたた!」
突然の神聖魔法にウィズが対応できずに魔法を食らう。
魔法陣から静かに舞い上がる光の粒子が、ウィズの体に触れる度に光を放った。
「神聖魔法? おいアクア、アークウィザードって神聖魔法なんて使えないよな?」
「当たり前でしょう? 神聖魔法が使えるのは、プリーストとアークプリースト、それとクルセイダーだけよ? でもあの人は上級魔法も使ってたわよね。なんで神聖魔法まで使えるのかしら」
俺達の疑問をよそに、デュークはウィズを睨み、手をかざす。
魔法陣に魔力を込めたのか、下から吹き上げる粒子が強まった。
「うううう......っ! デュークさん、思い出してください! 私と最初に出会った日の事を! あなたはいきなりローブを脱いで、私に裸体を見せ付けようと迫ってきましたね......!」
「突然人聞きの悪い事を言うな! ここには知らない人間がいるから脱げないが、アレには事情があったのだ!」
確かこのサンクチュアリという神聖魔法は、アクアがウィズに使った時は、即座に浄化されそうになっていたはずだ。
デュークの使う神聖魔法はアクアほどの力は無いらしい。
淡い光に耐えながら、ウィズはなおも訴えかけた。
「デュークさん、あなたは次に会った時、私にこう言いましたよね......。『俺は、お前の事だけを考え続け、ただひたすらにこの身を鍛え続けてきた!』と。他にも、『お前の事はなんだって知っている! いわば、俺はこの世で最もお前の事を理解している者だと言ってもいい!』と......! たとえ形は違っても、あれだけ誰かに想われたのは初めてで......!」
「一体何を言っている!? というか、いい加減に本気を出せ! いくらお前でも、このままでは消滅するぞ!」
デュークは困惑の表情を浮かべながら、反撃しようとしないウィズに訴えかける。
そんなデュークを、まるで聞き分けのない幼子をあやすように。
「正直、あそこまで言われた事はちょっとだけ嬉しかったです。ですが私はどれだけ言われたとしても、今の仕事を辞めるつもりはありません。それに、まだ私はあなたの事をよく知りません。なので......」
淡い光に耐えながら、ウィズは優しくはにかむと。
「まずはお友達から、というのではダメでしょうか......?」
辺りがシンと静まり返る。
デュークはといえば、一体何を言われたのか分からないといった表情だ。
「やったわ! よく言ったわウィズ! そうよね、いきなり結婚は早いわよね!」
「......は?」
歓声を上げたアクアの言葉に、デュークが乾いた声を出す。
その拍子に力が抜けたのか、墓を覆っていた魔法陣が力を失い消え去った。
「まあ、これが一番丸く収まるのかもな......。デュークと言ったな。こないだのアレは、その、お前を試すという名目でのナンパだったのだ。私を軽い女だと勘違いされては困るぞ。だが良かったな、いきなり振られるとまではいかなくて」
「............は?」
ダクネスが笑いかけると、デュークが再び疑問の声を。
「私はウィズにしては頑張った方だと思いますよ? でもデュークと言いましたか。あなたを安心させてあげます。何か勘違いしている様ですが、もうウィズは、不動産屋の除霊のバイトや、この墓地の霊を慰める仕事も行っておりません。だからもう心配しなくてもいいんですよ」
「........................はああ?」
めぐみんが苦笑しながら伝えるも、デュークは何言ってんだこいつらといった目で......。
「さっきから、友達だの結婚だの心配しなくていいだのと、お前達は何を言っている? 本気で意味が分からないのだが」
戸惑いと疑問を顔に浮かべながら、デュークは混乱の極みに至っていた。
「あんた何言ってるの? ウィズはこう言っているのよ。仕事を辞めたりいきなり結婚するってのは無理だけど、まずはお友達から始めましょう、って。良かったね、振られた事は振られたけど、まだ望みはあるからね」
アクアが告げた一言に、最初は何を言われたのか分からなかったデュークだか、徐々にカタカタと震え出し......!
「バ、バカか貴様らっ! なぜ俺がアンデッドであるリッチーと結婚しなければならないのだ! 何がどうしてそうなった! しかも友達だと!? それは一体なんの冗談だ!」
「ええっ!?」
デュークの言葉にウィズがショックを受けた様な叫びを上げ、アクア達の顔色がサッと変わった。
「ちょっと、振られたからってその言い草はないんじゃないの!? あんたは結果を急ぎすぎなのよ! いきなり結婚だなんて無理に決まっているでしょう!? 最初はお友達からで我慢なさいな!」
「だから! なぜこの俺が、その女に好意を寄せているという前提なのだ! お前らは頭がどうかしているのか!? その女に会ったのはまだこれで三度目なのだぞ!?」
デュークが目を血走らせながら言ってくるが、めぐみんが鼻で嗤う。
「あなたはウィズのストーカーまでしておいて、今さら何を言っているのですか! しかも、今の魔道具店の仕事を辞めて家庭に入れと言い出したのはあなたでしょうに!」
「はあ?」
デュークは思案するかの様に空を見上げ、やがて両手で顔を覆い。
「......俺がその女に辞めろと言ったのは、魔王軍幹部の仕事だ......」
「............は?」
めぐみんの疑問の声に、デュークは蚊の鳴く様な小さな声で、
「だから、俺が言っているのは魔王軍幹部の仕事だ。魔道具店は関係ない......」
凄く疲れた表情のデュークは、羽織っていたマントを撥ね除け服を脱ぐ。
俺とアクア以外の者が顔を逸らそうとするが、ウィズが突然声を上げた。
「ああっ!? そ、それは魔王軍の......!」
するとデュークの胸の部分には、見覚えのない紋章が彫られている。
ウィズはその部分に驚いた様だが、俺達の目は別の場所に向けられていた。
「あーっ! ちょっとあんた、堕天使だったの!? 悪魔やアンデッドを嫌う今時珍しい良い人だと思ったら、あんたも神に逆らう愚か者じゃないの!」
「う、うるさいぞ! お前こそ、共にアンデッドや悪魔はおろか、女神エリスの悪口で盛り上がれる気の合う仲間だと思ったのに、さっきからその恰好はなんだ! 貴様は聖職者だったのか!?」
デュークのむき出しの背中には、漆黒に染まった羽がある。
アクアの言葉からすれば、コイツは元は天使だった様だ。
胸に彫られているのが魔王軍の紋章という事は、その天使が堕天して、今は魔王軍の手先になったのだろう。
アクアはこれ以上にないドヤ顔で、怒れるデュークに胸を張る。
「バカね、私を誰だと思っているの? 堕天使ごときが、ひれ伏しなさい! 私の名はアクア! 全国二千万の信者を持つ、アクシズ教徒の御神体! 女神アクアその人よ!」
デュークは、目を見開くと......!
「なんだ、ただの痛い女か......」
「あんたちょっと待ちなさいよー!」
半泣きになったアクアだが、ハタと何かに気が付くと、
「ていうかあんた狡っこいわよ! 神聖魔法を使えたのはそういう事だったのね! 神に逆らって堕天したクセに、ピンチになったら神々の超パワーを借りようだなんて恥ずかしいと思わないんですかー!?」
「う、うるさい、俺達天使は散々神々にこき使われてきたんだ! なら、その代価として多少力を使ったっていいだろうが! 言ってみれば、未払い分の給料の回収だ! 大体お前らは知らんだろうが、女神というのはどいつもこいつも......」
と、そこまで言った時だった。
「フハハハハハハハッ! フハハハハハハハハッ!」
邪悪さと傲慢さを兼ね備えた、人をバカにするかの様な笑い声。
墓場にそれが響いたと思えば、一体いつの間にそこにいたのか。
「この様な辺境の街へようこそ、汝、身の程も知らずに魔王軍幹部を欲する者よ。元から忌むべき神のパシリが、堕天した事により情けなさに磨きがかかっておるな!」
パリッとしたタキシードに身を包み、仮面で顔を覆い隠した大男。
見通す悪魔こと地獄の公爵、大悪魔バニルが墓地の中の一際高くなった場所に立っていた。
6
「どうやら美味しいところに間に合ったようだな! いやはや、この一大イベントを危うく見逃すところであったわ!」
おちゃらけた口調で言うバニルだが、一大イベントとは何の事だろう。
コイツも元は魔王軍の幹部だったはずだが、知り合いか何かなのか?
「......バニル殿、これは俺とウィズの問題です。元魔王軍幹部とはいえ、どうか手出しはなされぬよう」
バニルへの牽制なのか、デュークはジリジリと後ずさると警戒感を露わにした。
と、その時だった。
「......騙したんですか?」
突然の闖入者には目もくれず、ウィズが顔を俯けたままポツリと呟く。
「騙したとはなんだ。俺は最初から魔王軍幹部の座を賭けて勝負を挑んだつもりだ。最初に出会った時、服を脱ごうとしただろうが。その時、この胸の紋章を見せて説明しようとしたのだ」
デュークが律儀に説明するが、ウィズは俯いたまま顔を上げず。
「............プ、プロポーズだと思ったんです......。そして、生まれて初めての告白をされたんだと......」
「そ、そうか、それは気の毒な事をしたな。だが、言っては何だがお前だって勘違いが甚だしいぞ。まだ三回しか会ってないのにいきなり求婚はないだろう」
正論だった。
それはまさしく正論なのだが、今のウィズには通じなかった。
「わわ、私は、一時は店を辞めようかどうしようかと、本気で悩んで、悩み続けて......! でもバニルさんがかわいそうだからと、やっぱり断ろうとここに来て......! そんなに行き遅れのリッチーの心を弄んで楽しいんですか! 許せない! こんな屈辱初めてですよ! まだ私が人間だった頃、バニルさんとやり合って散々おちょくられた時以上に屈辱です! プ、プロポーズだと思ったら、まさかの......っ!」
「──ッ! ──ッッ! フハッ! フワーッハッハッハッハッ!!」
激昂しているウィズをよそに、一体何が面白いのかバニルが声にならない声を上げ、地面を転がりながら笑い、蹲っていた。
「バニルさん、何がそんなにおかしいんですか! ていうかもしかしなくてもこの状況を見通していたんでしょう!......あっ! そういえば、『見通す悪魔が宣言しよう! 汝がその男の想いに応える時。これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受する者が生まれるであろう!』って言っていたのはこの事だったんじゃないんですか!? 至上の歓喜と幸福を享受する者って、私の悪感情を食べれるバニルさんの事なんでしょう!!」
「フワーッハッハッハッハッッ! フワハハハハハハハハッ! 極上だ! 久方ぶりの、超極上の悪感情! 美味である! 美味である!! フワーッッッッッ!」
「バニルさん!」
涙目のウィズがゲラゲラと笑い転げるバニルを叱りつける中。
「い、いや、それについても悪かった! だが、俺にだって言い分はあるぞ! お前がこんな街中に住んでいなければ、俺だって最初から紋章を見せ付け挑んでいたのだ。そうしていればそもそも勘違いも生まれずに済んだだろう。そう、お前が幹部の仕事もせずに人間の街なんかで暮らしているからこそ、そんな腑抜けには任せられぬと立ち上がったのだ!」
そんなデュークの逆切れにウィズがバッと顔を上げ。
「私だって好きで魔王軍の幹部をやってるわけじゃありませんよ! 魔王さんに結界の維持を出来るほど強い魔力を持つ人が他にいないから、どうしてもって頼まれて! それなのに腑抜けだなんて......!」
「腑抜けなのは本当ではないか! 今や魔王軍幹部は数を減らし、いよいよ結界の維持も危ぶまれているのだぞ! しかも、人類との最前線にあった砦すらが陥落し、水面下で長く進めていた調略すらも失敗した」
......ん?
「情報を集めてみれば、それら全てにそこにいる弱そうな男が関わっているところまで調べがついた。最初はコボルトに殺される程度の雑魚だと思って油断していればこの始末だ。......そう、お前だサトウカズマ」
なんか矛先がこっちにきた。
「酒場で貴様と出会った時、確かお前はこう言ったな。『俺はあんたを応援してる』、と。思えばあの時、俺を油断させておいて、今はこうしてバニル殿までもを引き連れ取り囲んでいる。ククク、なかなかどうして策士だな」
俺がついて行けずにいる間にも、デュークは勝手に勘違いを進めていく。
いやまあ、それで何か困るわけでもないし、別にいいっちゃいいんだけど。
ここは、よく気付いたなとか言って合わせてやるべきなのだろうか。
「既にこの事は魔王様の下へ報告書を送っている。いずれこの街は、魔王軍の最重要攻略拠点となるだろう」
「マジかよ」
コイツなんて事してくれてんだ。
せっかく色々落ち着いて、ようやく俺のハーレム生活が始まろうとしてたのに......!
そんな俺の葛藤をよそに、デュークは不敵な笑みを浮かべ。
──更に何かを言おうとして、勢いよく弾き飛ばされた。
何が起こったのか理解出来ないが、デュークが飛んだ先を見ると、
「ええ......」
弾き飛ばされたはずのデュークが、墓石の一つにめり込んでいた。
よろよろしながら立ち上がったデュークがある場所に視線を向ける。
そこには、おそらく無詠唱で魔法を放ったと思われる、デュークに手のひらを向けたままのウィズがいた。
「この街が最重要攻略拠点に?......ここが襲われる?」
いつになく冷え切ったウィズの口調に俺の服の裾がキュッと摑まれる。
見ればアクアが、ちょっと怖かったのか傍に寄り添い、俺の背中越しにウィズ達を覗いていた。
「お、おいカズマ、ちょっとヤバくないか? そろそろプレイを楽しんでいる余裕も無さそうに思えてきた。このバインドを解いてくれないか」
バインドで縛られたダクネスがもぞもぞしているがそれどころじゃない。
俺は一度だけ、このガチ切れなウィズを見た事がある。
「よ、ようやくやる気になったのか。しかし、さすがはリッチー。無詠唱であれだけの威力の魔法を即座に放てるとは、伊達に年を経ているわけでは」
最後まで言い終わる前に、デュークに不可視の魔力塊の様なものが放たれ、再び墓石の中にめり込ませた。
これだけガチ切れしているというのに年齢の事で挑発するとか、あいつはひょっとして結構なアホなのだろうか。
「カズマ、なんだか雲行きが怪しくなってきました。私としてはこのまま好きな人に組み伏せられて抱き締められている状態も悪くないのですが、ダクネスではありませんがそろそろ解放してくれませんか? 一応いつでも魔法を放てるようにしておきたいのですが......」
「お前を自由にしたら空気読まずにトドメを刺すだろ。大丈夫、ああなったウィズになら安心して任せられる。まあ見てろ」
めぐみんに言葉を返しながら、俺は事態を見守った。
そう、アレはアルカンレティアに行った時、温泉管理人の爺さんが魔王軍幹部のハンスに食われた時だ。
ウィズが魔王軍を攻撃しない条件の一つには、一般人には不干渉とする取り決めがあったらしく、それを破ったハンスがメタメタにされたのだ。
俺が拳を握ってワクワクしながらこの先の熱い展開を期待してると、いつの間にか隣に来ていたバニルが言った。
「小僧、ここから先は目を離すなよ。見通す悪魔が宣言しよう。今から最高に素晴らしいものが見れるぞ」
いつになく楽し気なバニルの言葉に、俺は思わず苦笑する。
こいつ、散々ウィズに嫁に行けと言っていたクセに、アクセルを守るため、今まさにデュークと激突しようとしているウィズの姿を、最高に素晴らしいもの呼ばわりか。
案外こいつも俺と同じであまり素直じゃないらしい。
「ぐうううううっ! イ、インフェ......」
「『カースド・クリスタルプリズン』」
冷たい雰囲気を身に纏ったウィズが、デュークが放とうとした灼熱の業火の魔法を、発動する前に氷の牢獄に閉じ込める。
全身ではなく、体の上半身だけを氷に包まれ、呼吸と会話が出来なくなったデュークが、青ざめた顔で氷に包まれた体を地面に何度も叩き付けた。
だがそんなものでは傷付ける事すら出来ないのか、やがてデュークから力が抜け始め......。
「降参しますか?」
そんなデュークにウィズが尋ねる。
それはとても静かな声で、氷の中に閉じ込められたデュークに届くのかと思われたが......。
デュークは氷に包まれたまま、虚ろな視線をウィズに向けると、ふらつきながら頷いた。
──氷から解放されたデュークが咳き込み、力なく地面に頽れる。
そんな中、アクアが嬉々としてウィズに駆け寄った。
「やったわねウィズ! 振られた事への腹いせに、瀕死にまで追い込むだなんてやるじゃない!」
「待ってくださいアクア様、振られた腹いせであんな事をしたんじゃありませんよ!」
アクアの身も蓋もない言い分にウィズが涙目で抗議する。
そんな普段通りの姿を見て、俺はようやく息を吐いた。
「おいバニル、なんでもっと早く、ウィズには勘違いだって教えなかったんだよ。そうすりゃここまで大事にもならず、適当に決闘して終わりで済んだのに」
「そういえばそうだ! おいバニル、貴様のせいで私はあの男をナンパするハメになったのだぞ!」
バニルは楽し気に笑いながら俺とダクネスの文句を聞き流すと、
「そんなもの知るか。我輩は自らの美味のためならなんだってしてくれる。そう、そこの、汝ら二人に好かれて調子付いているハーレム小僧が、ある日突然愛想を尽かされ逃げられるとか、これまた極上の美味を味わえそうだ」
「や、やめろよ。いや、マジでやめてください......。また今度、お前のとこで何かいらない商品買っていくから......」
消え入りそうな声で頼む俺に、バニルはニヤリと笑いかけ。
「それに......。事態はまだ、これで終わりではないぞ」
「......は?」
そんなバニルの言葉に、俺はふと気になり、解放されたはずのデュークの方を......。
「な、なにしてんだアイツ!?」
と、あまりの事態に俺は思わず声を上げる。
俺達がアホなやり取りをしている間に、即席で描いたと思われる魔法陣の上で、なぜかデュークは自らの胸に、黒いナイフを突き立てていた。
「やりおった! 見ろ小僧! あやつ降伏した振りをして、魔道の奥義の一つである、リッチーに成る儀式を執り行いおったわ! フハハハハハ、力欲しさに自らが忌み嫌う、先ほどまで罵っていたアンデッドに成るとはなんたる事か! フハハハハハ、これは実に滑稽であるわ!」
こいつはこんな事態なのに、なんで楽しそうなんだよ!
デュークはリッチーになる前ですら、ウィズとそれなりには渡り合っていた。
果たしてそんな存在が、
「油断したなウィズ......。ゴハッ......! 見ろ、この湧き上がる強大な魔力を......。ああ、黒の短剣に刺された箇所から、徐々に力が湧き出してくる......! 体一つ一つの細胞から命が失われていく傍から、不死の肉体に変わっていく様が分かる! 俺は堕ちたとはいえ元は天使の身、この手だけは使いたくなかったが仕方がない......。さあ、共に不死者同士の終わりなき戦いを──!」
それが、最強のアンデッド、リッチーになったなら......!?
「『セイクリッド・ターン・アンデッド』ー」
「ひぎゃあああああああああ!」
こうなった。
リッチーに成り下がった瞬間に、一切空気を読む事のないアクアの浄化魔法が炸裂する。
悲鳴を上げながら薄くなったデュークの傍に、悲し気な顔のウィズが、そっと歩み寄り手を添えた。
「なななな、これは何が起こって......! 俺は最強のアンデッド、リッチーに成ったはずなのに、一体何が......!」
「私と関わったばっかりに、こんな姿になってしまって......。せめて苦しまずに逝かせてあげます......。『ドレインタッチ』......」
ウィズに触れられた部分からゴッソリと魔力を吸われ、デュークが更に薄くなる。
「やめろ、やめてくれ! 待ってくれ、これは誤解だ! 誤解なんだ!」
自らの消滅を悟ったデュークは、最後の希望だとでもいう様に、この中で一番話の通じそうなウィズに縋る。
「誤解? リッチーにまで成っておいて、一体何が誤解なんですか?」
さすがにこの状況で騙されるほどのお人好しでもないのか、険しい声でウィズが問う。
「それがまず誤解なんだ! おお、俺がリッチーに成ったのは......。そう、お前に復讐するためなんかではなく、共に不滅の存在、リッチーとなって同じ道を歩もうと!」
まさに今考え付きましたと言わんばかりの言いわけに、とうとう温厚なウィズも......。
「そ、そんな......。だ、騙されませんよ、またそんな甘い事を言われても!」
いや、意外にいけそうな雰囲気だ。
その態度に当の本人であるデュークですらがポカンとするが、ハタと気を取り直し、
「だ、騙すだなんてとんでもない! 俺はお前との戦いを経て、真なる愛に目覚めたのだ。いやなに、いきなり結婚だのとは言わないさ。だから......。最初に言っていた、まずはお友達からというヤツでお願いしたい!」
「ま、まずはお友達から......」
マズい、恋愛経験のない行き遅れリッチーにとって、あのビジュアル系堕天使は天敵だったらしい。
このまま流される前に、いっそめぐみんに爆殺させるかと悩んだその時。
何かを期待するかの様にワクワクした口元を隠そうともしないまま、バニルがウィズに言い放った。
「騙されやすいお人好し店主よ、一つだけ教えてやろう。堕天する様な下っ端の天使族は、悪魔と同じく性別というものが決まってないぞ」
それを聞くなりデュークを思い切り突き飛ばしたウィズが、声高に呪文を唱え。
「ちょっ......! 待っ......!」
何かを言い掛けたデュークに向けて。
「『エクスプロージョン』!!」
バニルが息も出来ないほど爆笑し笑い転げ回る中、涙目のウィズが爆裂魔法を解き放った──!
ウィズ魔道具店のドアに、珍しく閉店の札が掛かっている。
「わああああああっ! 酷いです、あんまりですううううううう!」
店の中には未ださめざめと泣き続けるウィズと、その隣で必死に笑いを堪えるバニルがいた。
このところのバニルときたら、実に艶々として幸せそうだ。
きっと毎日の様に生み出される悔しさの悪感情でご満悦なのだろう。
「ほらウィズ、ウチで穫れたお野菜分けてあげるから、元気出して? 大丈夫、あんたは根はいい子なんだから、きっと良い人現れるわよ」
「うっ、うっ、アクア様......。本当ですか? このままどんどん時間だけが経っていくだけなんじゃあ......」
カウンターに突っ伏して泣いていたウィズが、アクアの言葉に一瞬だけチラリと顔を上げる。
「時間が経っても大丈夫よ。だって、そもそもあんたは不老不死じゃない。つまりは老化を恐れて妥協する必要がないの。これはとっても大きいわよ?」
アクアの適当な慰めに、ウィズの顔が明るくなる。
「そ、そうですよね、私は年を取りませんからね! 焦る必要もなければ妥協する必要もなかったんですよね!」
「老化しないだけで、戸籍上の年齢はちゃんと増え続けているがな」
「ちょっとヘンテコ悪魔、余計な事言わないでよ! ウィズがまた泣き始めたじゃない!」
ウィズが泣いているところで申し訳ないが、騒がしい店内に、俺はいつもの日常だなとホッとする。
デュークは、魔王軍がこの街を最重要攻略拠点に据えると言っていた。
だが今のところは平和なこの駆け出しの街が、襲われる気配なんて微塵もない。
このままの暮らしが続いてくれればいいのだが......。
と、その時だった。
「ええい、いつまでピーピー泣いているのだ失恋店主め! いい加減泣き止んで、とっとと店番でもするがいい! 我輩との約束を果たすのだろう? このままの経営状態では、我がダンジョンを作るのに一体何百年掛かるか分かっているのか? 我輩も不死ではあるが、ダンジョンが出来る前に人類が滅んでしまっては意味がない」
「そんな事は、言われなくても分かってますよ......。どうせリッチーなんて存在は、たとえ誰かと結ばれたとしても、いつかは相手に先立たれ孤独に朽ちていく運命なんです......。人類が滅んだ後、きっと私は一人ぼっちで......」
今回の事がよほどショックだったのか、いつまでもメソメソするウィズに向けて、バニルがはあとため息を吐く。
「まったく......。不老不死は汝だけではない。我々悪魔族も不老であり不死なのだ。いつかダンジョンが完成し冒険者に討ち取られるその日まで、せめて我輩が構ってやるから機嫌を直すがいい、我が友人よ」
その言葉を聞いたウィズは、チラリと顔を上げ。
「......つまり、ダンジョンがいつまでも完成しなければ、バニルさんはずっと一緒にいてくれるという事ですか?」
「よし、当面の目標としては貴様から経営権を奪う事だな。いいだろう、あの程度の相手ではさぞかし不完全燃焼だった事だろう。久しぶりに相手をしてくれるわ!」
バニルに襟首を摑まれたウィズが、ズルズルと店の外に連れて行かれる。
「待ってくださいバニルさん、今のはちょっと言ってみただけです! すいません、ごめんなさい! 私、頑張ります! 頑張りますから許してください!」
冬が近付き空気が澄んだ空の下。
ウィズの泣き声が、アクセルの街に響き渡った──
「──今回も、丸く収まって良かった良かった」
「あんた、あれを見て丸く収まったって本気で言ってるの?」
魔道具店からの帰り道。
みんなと一緒に途中で買い食いをしたりと寄り道しながら、ゆっくりと屋敷へ帰る。
「......結婚ですか。ダクネスは貴族の家の一人娘なのですから、こういった事は他人事ではないでしょう?」
めぐみんが発した言葉に、ダクネスは挙動不審に目を泳がせ。
「わ、私はお父様が理解がある方だから、その辺はまあ、他の貴族よりは自由になるというか......。しかし、年齢的にそろそろ考えなくてはならないな。まあ、年齢の事を言ったら一番はアクアが」
「ねえカズマ、最近知った面白い話を教えてあげるわ。あのね、ダクネスの部屋にはね。私達との日々を綴った、微笑ましい日記があるの。でも本題はそれじゃなく、日記の置いてある場所の下には変な仕掛けがしてあって、そこにはダクネスの妄想を綴った」
「アクア、ちょっとこっちに来るんだ! しっかり鍵は掛けてるのに、いつの間に部屋に入った!? 一体どこまで知っている?」
面白い話とやらを遮られ、アクアがダクネスに連れて行かれた。
そろそろ屋敷が見えてくる頃、めぐみんがふと口を開く。
「カズマは将来、子供は何人欲しいですか?」
「ブフォッ!」
脈絡のない突然のその言葉に、俺は思わず噴き出した。
正直言って子供はそんなに嫌いじゃない。
いや、どっちかというと好きな方だ。
しかし、俺は先日バニルから、もしものためのエチケットアイテムを買ったばかり。
ここはどう答えるのが正解なのかと悩んでいると、屋敷の玄関先に人が待っている姿が見えた。
そこにいたのは大仰な手土産を持った紅魔族。
毎度律儀にそんな物を持ってくるのは、もちろん一人しかいない。
「ゆんゆんではないですか。遊びに来たものの、私達がいないので待っていたのですか? 今日は何して遊びましょうか。今の私は久しぶりに他人の爆裂魔法を見て昂ぶっています。ここは湖に行って、どちらが多く魚を獲れるか勝負でも......」
と、ゆんゆんの様子が何だかおかしい。
これはアレか、また厄介事を頼まれるパターンか。
そりゃあ俺だっていい加減学習するさ。
「あの、その......。カズマさんに、お願いが......」
ほらきた、やっぱり予想通りだ。
だがそんな俺の前にめぐみんが、まるで庇う様に立ち塞がった。
目を紅く輝かせ、めぐみんはゆんゆんと目と鼻の先ほどにまで顔を近付け、威嚇するかの様にして問いただす。
「カズマに一体何の用ですか? 毎度毎度みんなしてこの男に頼ってばっかりで、恥ずかしいとは思わないんですか!」
「あんたのせいで試練に二回も落ちたから、後が無いのよおおおおおおおおお!」
ゆんゆんの叫び声が、晴れた空にこだました──
あとがき
この度は、『この素晴らしい世界に祝福を!』13巻をお買い上げいただきありがとうございます!
時が経つのは早いもので、このシリーズで作家デビューした自分もこれでとうとう四年選手になりました。
ここまでくれば一応はベテラン作家さんの仲間入りという事で編集さんへの多少のワガママも許されます。
たとえば、良い作品作りのため資料に使うのでちょっと異世界行って本物のゴブリン撮ってきてください程度は楽勝ですし、新宿駅を一日貸し切りにして構内でかくれんぼやりたいなんてのも余裕でしょう。
それらに比べれば、締め切りというものを設定せず、しばらくニートしたいなんてのはそれこそ赤子の手を捻るようなダメですか、すいません、これからも頑張ります。
さて今巻は、主にウィズとバニルの話となっております。
なんだかんだでカズマとアクアみたいな関係のこの二人ですが、そもそも片方に性別というものがないのでラブコメなんてものは始まりません。
なので行き遅れ店主さんは永遠の(以下略)
というわけで次巻は、紅魔族の話となります。
最近影の薄いぼっち少女は救われるのか、果たして口上にある紅魔族の長となる者というワードは変更されてしまうのか。
その辺は、ぜひ次巻をご覧になっていただければ!
──そういえば、『戦闘員、派遣します!』という新作を出しました。
世界征服を目前にした悪の組織、そこの下っ端戦闘員が、更なる侵略地を探すため、他の惑星に派遣されるというお話です。
改造手術を施された戦闘員が、現代兵器で魔王と戦うファンタジーとなっております。
こちらも興味がわきましたら、どうか手にとっていただければと思います!
というわけで今巻は、実にいろいろな方に過去最大級のご迷惑をおかけしてしまいましたが、なんとか刊行する事が出来ました。
それもこれも、すべては三嶋くろね先生を始めとした関係者の皆様のおかげです。
この本を読者の皆様にお届け出来た事を、関係者の皆様に感謝しつつ。
そしてなにより、この本を手にとっていただいた全ての読者の皆様に、深く感謝を!
暁 なつめ
『本物のマジックアイテム!』
とある日の昼下がり。
暇を持て余した俺が冒険者ギルドに立ち寄ると、なぜか人だかりができていた。
「......? なあ、これって一体何の騒ぎなんだ?」
「おっ? カズマじゃねえか。魔道具だよ。魔道具の行商が来てるんだ」
顔馴染みの冒険者が教えてくれるが、魔道具と聞かされた瞬間に拒否反応が俺を襲う。
「どうせデメリットがあるんだろ? 使うと爆発するとか対象を選ばず攻撃するとか」
「ウィズさんとこの魔道具じゃないんだからんなもんねえよ。カズマは金余ってんだろうし見てったらどうだ? お前んとこの連中も既に色々物色してるぞ」
そう言われてそちらを見れば、俺の仲間達が思い思いに魔道具を選んでいた。
「おやカズマ、いいところにやってきましたね。見てください、このアイテムを! なんと、一時的に魔法の威力を増大させるポーションだそうですよ! ちなみにデメリットはありません! お金を貸して欲しいのですが!」
「カズマさんカズマさん、この魔力を注ぐだけでギュンギュン回る掃除用具、買って欲しいんですけど。これがあるとトイレ掃除が捗るの。ちなみにデメリットもないらしいわ」
なぜデメリットがない事を強調するのかは分からないが一応は使えそうな物の様だ。
とはいえ、めぐみんにこれ以上魔法の威力を上げられても迷惑なだけだし、アクアはどうせ買ってやってもすぐ壊す。
と、そんな二人をよそにダクネスが、布切れを手に悩み込んでいた。
「器用度が上昇するバンダナ、か......。買うべきか? いや、それでは攻撃が当たってしまうではないか。いやしかし、最近は強敵との戦いも増えてきた事だし......」
「よし、買え。すぐ買え。っていうか俺が買ってやるから常に着けてろ」
ダクネスにピッタリなアイテムを見つけ、俺は即座に購入を決意する。
「なっ、カズマ! いやこれは、ほら、デメリットが......」
「ないんだろ、そんなもんは! いいからそれ寄越せ、俺が買ってやるから!」
「ああっ!」
ダクネスからバンダナを取り上げると、他に掘り出し物はないかと商品に目をやった。
行商なんて言うからガラクタかと思えばめちゃめちゃ便利なアイテムをゲットしてしまった。
これで他の魔法が使える杖だの、知力が上がるアイテムだのがあれば完璧なのに。
「ズルいですよカズマ、私にも買ってください! せめてお金を貸してください!」
「私は返す気もないから買ってちょうだい! ねえこの魔道具きっと楽しいわよ? 水を付けてギュンギュン回せば、きっと辺りに水が飛び散るわ。上手く使えば虹を作る宴会芸の一つでも習得できそうなの!」
「うるさいぞ、それはお前らに必要ない! めぐみんにそのポーション買ってやっても、ボス用に取っておかずにすぐ飲むだろ! アクアはそれもうオモチャじゃねーか!」
縋りつく二人を押しのけ商品を見ていると、ふとある物に気が付いた。
「なんだこれ? パライズストーン?」
「おや、お客さんなかなかお目が高いですね。そいつは投げつけた相手を一定確率で麻痺させるという優れ物ですよ。とはいえ、それにはデメリットがありまして......」
手にした石を見ていた俺に、行商人のおっちゃんが説明してくれる。
「その石は麻痺させる確率が低い上に、非常にレアでそれ一つしか仕入れていないんですよ。その上値段も高くて、戦闘中にイチかバチかで投げつける物としては割に合わないもので......。なにせ、麻痺が相手に効かなければそれを拾われてしまえば逆にこちらが危険ですからね。誰にでも使えるアイテムなので、今度はこちらが麻痺に怯える番です」
......なるほど、せっかくの便利アイテムも相手に拾われては意味がない。
確実に効果をもたらすわけでもないから、敵に便利な武器を与えるようなもので......。
と、そこまで考え気が付いた。
「おっちゃん、この石買うわ!」
「ほ、本気ですかお客さん? いえ、私としては商品が売れるのは助かりますが......」
おっちゃんに金を払うと石を片手にめぐみんへと向き直る。
「おいめぐみん、俺の新技を受けてみないか?」
「ほう。殺傷力のないものなら構いませんよ?」
さすがは新技などというものに理解のある紅魔族。
アッサリ頷くめぐみんに、俺はパライズストーンを構え投げつけた。
それが直撃する瞬間に、俺はすかさずスキルを唱える。
「『スティール』!」
「あいたっ!」
狙い通り、俺の手元には......。
「おい」
「違うんだ、聞いてくれ」
めぐみんの下着を手にした俺は、とりあえず否定から入った。
「この新技は、相手にパライズストーンを投げつけ、それをすかさず回収するっていう無限麻痺攻撃とでも言うべきものだったんだ。俺のスティールは相手の持つ物の中で価値のある順に奪っていく妙な習性がある。つまり高いパンツを履いてるめぐみんも悪い」
「別に高いパンツなんて穿いてませんよ! というか身動き取れないのですが!」
と、俺は周囲の空気がおかしい事に気が付いた。
「お、お前、麻痺させてパンツ剝くとかすげえ技編み出したな......」
「鬼畜......。いいえ、鬼畜なんて言葉すら生温いわ......」
おっと、これはまたクズマとか言われるフラグですね。
「なあカズマ......。その新技は、いったい幾らで」
「幾ら払ったって使わねーよ! おっちゃん、これ返品するから! おいアクア、他人の振りすんなよ、おっちゃんも返品受け付けてくれよ!」
ダクネスが物欲しそうな顔でパライズストーンをジッと見る中、この日、俺の評判がまた一つ悪化した。
──なお、器用度が上がるバンダナをダクネスに着けさせても、攻撃はやっぱり当たらなかった。
カバー・口絵・本文イラスト/三嶋くろね
カバー・口絵・本文デザイン/百足屋ユウコ+モンマ蚕(ムシカゴグラフィクス)
この素晴らしい世界に祝福を!13
リッチーへの挑戦状
【電子特別版】
暁 なつめ
2017年12月1日 発行
(C)2017 Natsume Akatsuki, Kurone Mishima
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川スニーカー文庫『この素晴らしい世界に祝福を!13 リッチーへの挑戦状』
2017年12月1日 初版発行
発行者 三坂泰二
発行 株式会社KADOKAWA
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
KADOKAWA カスタマーサポート
[WEB]http://www.kadokawa.co.jp/
(「お問い合わせ」へお進みください)